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第七話-5

 ルイはトパロウルの部屋を出ると、隣の応接室に移された。トパロウルの執務室が廊下の突き当りにはないというフェイントを仕掛けているが、実際に突き当りに何もないのではなく、実は応接室があったのだ。


 工作員の拠点に応接室というのも妙なものだが、なにしろ代々が『ひろいもの』で構成されているのが『幻影』というスパイチームなのだ。四等工作員として特別情報庁が受け入れるまでは、採用内定済みのルイも客人扱いである。


 その頃トパロウルの執務室には、ルイに姿を見せていない他の工作員たち──『烈苛』『冷鳴』『白兎』──が集まって話し合っていた。ルイの身分や保護者(まさか一二歳の少年を一人暮らしさせるわけにはいかない)について決めなければならないのだ。


 冬雪はそこにいなかった。彼はトパロウルに新たな任務を指示され、早急にそれを達成すべく『幻想郷』を発ったのだ。監視を兼ねて応接室でルイと共に決定を待つ、というわけにはいかなかった。そもそもこの部屋に、人間の監視員は不要なのである。




 冬雪が向かったのは、ギルキリア市港東区の庁舎街だった。夕方になり薄暗くなってきた庁舎街に、ある男女二人が話しているはずだ。トパロウルに言わせれば、その居場所を掴めたのはほとんど奇跡のようなものだったという。


 特別情報庁の防諜専門の二等工作員『七星』と、その連絡係(メッセンジャー)『赤星』。共和国の工作員は、協力者の一人に自分のコードネームの一部を混ぜる癖があるらしい。『白兎』のコードネームを持つ岩倉も自分の連絡係に『影兎』と名前を付けていたことがあるし、『呪風』である冬雪が日本に残した協力者である零火も、現在のコードネームは『姫風』である。


 二等工作員は、スパイチームを離れ、一人で任務を受けることができる工作員階級だ。そのため、冬雪たち三等工作員と違い、全員が直接本部と繋がる連絡係を持っている。『七星』の連絡係である『赤星』というのがルイの姉、ウェンディ・シルバーベルヒだった。


 港東区の庁舎街で会っている二人というのが、『七星』とウェンディだった。ウェンディはつい六時間前まで警察庁ギルキリア市警察局に拘束されていたが、特別情報庁が警察庁の内部に潜ませている協力者を使って、秘かに解放させたのだ。


 その情報は特別情報庁本部から『七星』に対して、別の連絡係を通じて伝えられた。その連絡係が『七星』とウェンディの待ち合わせを仲介したため、特別情報庁も『幻影』に情報を提供できたのだ。


 その現場において、現在冬雪は、『七星』に拳銃を突きつけられていた。


「……なぜ?」


 理由は警戒である。若くして二等工作員に昇進しているだけあって、『七星』の構えには隙がない。工作員がよく使う拳銃ワルキューレ74の銃口は冬雪の眉間を正確に狙い、銃把を握らない左手には小型のナイフを持っている。警戒というより臨戦態勢と言った方が正しいが、冬雪は『七星』とウェンディが話しているところに突然飛び降りて出現したので、これは彼が悪い。


「いや誤解です。ボクは特別情報庁の工作員『呪風』、スパイチーム『幻影』のボスからの命令で、提案に来ただけで……」


「提案?」


「ウェンディを、『幻影(うち)』に加入させないか、と」


 冬雪は順番に説明した。


 ウェンディが冤罪で警察に逮捕されたのは、彼女が『七星』の連絡係だったからである。これはトパロウルと冬雪が推測しただけでなく、冬雪がこの場に参じる前に『七星』も述べていたことだ。防諜工作の一環として、他国から潜入しているスパイの連絡網を絶つ、あるいはすり替えるという手段は、実際によく用いられる。


 しかしこれは、防諜網を潰す上でも有効な手段なのだ。『幻影』のようなスパイチームはそれぞれ簡単には手出しできない拠点を持ち、拠点は特別情報庁に直接連絡を取る手段が整備されている。しかしスパイチームに属さず、単独で任務を受ける『七星』のような二等工作員は、連絡係や運び屋などの協力者が生命線だ。実はチームを持たず横の繋がりをなくした彼らは、個々の実力こそあれど、非常に脆い立場なのである。


 その生命線を、今回他国のスパイに狙われた。ウェンディが初の事例というわけではない。特別情報庁ではこれまでにも多数の二等工作員が、国内にいながら同じ方法で無力化されている。あるいは、連絡係をすり替えられ間違った情報を提供され任務を失敗している。そのため近年では、二等工作員の階級にある者がどんどん減っているという噂も流れ始めているほどだ。


 連絡係を潰されたということは、『七星』が特別情報庁本部に連絡を取っては困る人物がいるということである。ではウェンディを潰すことで得をするのは誰か──言うまでもなく、現在『七星』が追っている標的(ターゲット)なのだ。


 標的としては、冤罪を着せて排除したはずのウェンディが表を歩いているはずがないと考えるだろう。最低でも、現在『七星』が追っている標的と、情報を共有している可能性のある仲間を一掃するまでは、ウェンディを表社会に復帰させることはできない。


 結局、警察から釈放されたところで、現在のウェンディが身を置ける場所など限られているのだ。諜報機関に四等工作員として身を潜めるのは、諸事情を効率良く処理するのに適した選択ともいえる。


 ──一通りの説明を聴くと、『七星』は納得しつつ疑問を呈した。


「話は分かったが、それをわざわざ僕に伝える理由は何だ? 特別情報庁からの命令であれば、公務員である僕は従うほかない。『赤星』の代わりに派遣されていた連絡係を通じて連絡することもできただろう」


「ええ、ウェンディの件だけの話であればそうなんですが、用件はもう一つありましてね。『幻影(うち)』のボスからの提案です」


 冬雪は、上着の裾に隠し持っていた紙切れを『七星』に手渡した。


「あなたの任務、『幻影』にも協力させていただけませんか」

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