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第七話-4

 愛車のフレイルにルイを乗せ、冬雪は『幻想郷』に戻った。


「戻りましたーぁよ」


『幻想郷』に着き、エレベーターが扉を開けると同時に、冬雪は間延びした声で挨拶した。したところで誰にも聞こえないので意味はないのだが、ただの遊びである。後ろにはルイも着いてきている。さすがに緊張は隠しきれていないが、必要以上に萎縮してはいない。


 冬雪は迷いなくトパロウルの執務室に向かい、躊躇いなく中に入った。


「どうも、失礼しますよ」


 トパロウルは、どうやら特別情報庁に送るための書類を書いていたらしい。忙しなく、万年筆が紙の上を駆け回っている。しかしそれも、数秒で止まった。執務室に入った冬雪に、トパロウルは『報告待ち』の視線を送る。


「本当に面倒な任務を押し付けてくれましたね。陸軍情報部の扱いなら夫妻の方が得意でしょうに」


「第七連隊は血の気が多いからな、お前さんでないと無傷では帰って来んだろう。それで?」


「任務完了ですよ。司法省総合司法局、侵入者の少年を連れ帰ってきました。二度とやりたくありませんよ、こんな任務」


「その少年は?」


「ボクの後ろに。──ルイ」


 入口で待っているよう言われていたルイは、冬雪に呼ばれてトパロウルの執務室に入った。


「ルイ・シルバーベルヒ。なかなか見込みはあると思いますよ。上手くすれば、岩倉さんを超えるかもしれない逸材です。発掘した陸軍人は、まあその点だけ褒めてやってもいいんじゃないですかね」


 他に褒めるべき点はない、と暗に込めた皮肉である。


「お前さんより素質は上か」


「ボク本来の身体能力は軽々と超えるでしょうよ。魔法適性はこれから測りますが、司法省に簡単に侵入した手際を考えれば、まず不足はないはずです。侵入方法、聞いたらボスでも驚くでしょうね」


「お前さんの立場は工作員として特異なものだ。それを基準に考えることはできん」


「それは勿論、心得ていますとも」


「工作員に必要なのは、戦闘を含む身体能力だけではない。交渉、変装、潜入などの技能も必要、むしろこちらが本分と言っていい。そのあたり、どう見ている?」


 トパロウルの追及は厳しい。思わずルイは、顔を強ばらせた。しかし、


「先程、見込みはある、と言ったはずですが」


「ほう?」


「彼はなにも無条件で、『幻影』に加入する訳ではありません。勧誘に際し、一つ条件を付けてみせた。面白い子だと思いますがーぁね」


「面白い、だけではスパイにはなれんぞ」


「では言い換えましょう。成長が楽しみです」


 トパロウルは、のらりくらりとした冬雪の回答に微笑した。相変わらず獰猛な笑顔だが。


「それで、その条件とは何だ」


「姉に関する事実を明らかにすること、だそうで」


「姉に関する事実?」


 ルイの姉、ウェンディ・シルバーベルヒは、神暦五九九三年度で一五歳になる。弟のルイとは年齢は二つ差だ。彼女は警察の捜査により、ある商店の商品一四点を盗んだ容疑で逮捕された。


 しかしルイ曰く、これは冤罪であるらしい。窃盗を行ったとされる時刻、彼は姉と共に全く別の地区で買い物をしており、商品を盗むことはできなかったという。盗品も発見されていない。それどころか、ルイのアリバイ証言を警察の捜査関係者は、「子どもの戯言」として一蹴したのだそうだ。


 条件とは、それが彼女の犯行を裏付けるものであれ無実の証明であれ、「事実」を明らかにしてルイに伝えることだった。


 以上のことを冬雪が述べると、トパロウルは鼻を鳴らして言った。


「なかなか腹の座った奴だな。大人でもそこまで言える奴はなかなかいないぞ」


「そうでしょう」


 ルイを残して退室するようにトパロウルは指示し、冬雪は踵を返した。去り際、ルイの肩を叩いて言った。


「ボスに脅迫されたら、迷わずボクを呼ぶように。ボクは子どもの味方だ」


「ええっと、分かりました」


「こら、お前さん一体何を吹き込んでいるんだ、俺の目の前で」


 長い黒髪を靡かせて、冬雪はトパロウルの執務室を出た。ルイがボスの面接──採用が前提のものだったが──を受けて出てきたのは、それから一〇分後のことである。

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