第六話-3
少年──ヨーゼフ・アップルトンは共和国神暦五九九三年度に一〇際になる。幽灘やアントニーにとっては二学年下、アネッタにとっては二学年上の関係だ。中途半端な関係に思えるが、初等学校に通う年齢の子どもには些事である。しばらくは冬雪も間に入るが、ヨーゼフにはこの輪の中で共和国語に慣れればいいのではないか、と冬雪は考えたのだ。
「細川裕は高校では常に一人だとリークスに聞いていたけど、冬雪夏生は本当に細川裕の転生体なの?」
などと、クリスにはひどい言われようだが、日本ではただやらなかっただけなのだ。演じる分には問題ない。非常に強い疲労を感じるが。
「それはそうと、ヨーゼフ一人が公園にいるというのは妙だな」
「そう? 九歳なら、充分一人で行動できる年齢じゃない?」
「自国ならな。帝国出身のヨーゼフにとって、共和国は言語の壁の大きい異国だ。勝手も分からんだろうし、まともな保護者なら放ってはおけんだろう」
「そう言われてみればそのとおりね、まともじゃない保護者ですら、一〇歳の子どもを一人行動させないものね」
まともじゃない保護者は、ひとまず余計な部分を無視して話を続ける。
「本人曰く、母親の顔は知らないし、父親は仕事が忙しいらしい。それでなぜ、子どもを公園に放置する?」
冬雪は様子を見ることにしたが、夕方までヨーゼフに迎えは来なかった。ようやく現れた彼の保護者は、ヨーゼフたちの姿を見ると、冬雪とクリスに話しかけ、冬雪が幽灘の保護者だと知ると、自らをヨーゼフの父、ウィルヘルム・アップルトンと名乗った。
「いや、私は通訳者をしていましてね、最近共和国に拠点を移したんですが、ヨーゼフに共和国語を教えるのは間に合わなくて……」
「ほう、通訳者ですか。ボクの知り合いにも通訳者の方がいるのですよ。今はちょうど帝国にいるようですから、ウィルヘルムさんとは入れ違いですね」
なお、実際にはアーニャはつい三日ほど前に帰国している。現在はアイスナー家にいるだろう。一週間後には再び共和国を発ち、今度は連邦に向かって別チームの救援を行う予定だという。
「なんにせよ、今後しばらくは世話になりそうですな。ヨーゼフも早速遊び相手を見つけられたようで、親としては安心するばかりですよ」
いつの間にかクリスを引き込み、五人の少年少女の集団となった子どもたちを横目に、ウィルヘルムは右手を差し出してきた。
「息子共々、しばらくは近所でよろしく頼みます」
「ええ、こちらこそ。いい店を知っているんです、今度夕食でも一緒にどうです?」
「それは良いですな。互いに他国から来た片親の父親同士、協力していきましょう」
そして血縁がないのも同様だな、と内心で呟き、冬雪はウィルヘルムに呪容体を仕込んだ。握手を求められたとき、ウィルヘルムの手に胼胝があったのだ。察しが良ければ向こうも気付いているだろうな、と考えておいて、彼は警戒を置いた。微かに鉄の香りがしたのだ。
「ボス、ウィルヘルム・アップルトンという人物について、特別情報庁に情報がありませんか」
「何者だ?」
「帝国から来た通訳者、と自称しています。事実であれば、それで構わないんですがね」
「気掛かりでもあるのか?」
「血縁のない片親であることと、右手にあった、拳銃を使う者特有の胼胝、そして黒いシャツに染みた、新しいヘモグロビン」
「了解した、調べておくことにしよう」
「頼みます。こちらも一応、ウィルヘルム・アップルトンを追跡しておきますので」
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