第六話-1 帝国少年
スチュワート兄妹の誘拐事件から、一週間が経過した。その間様々なことがあったが、誘拐された二人は帰宅した翌日は学校を休んだのみで、火曜日以降からは登校を再開した。大河の不審者情報も次第に消えていき、保護者の登下校付き添いもそれに伴って自然消滅した。
河童の尋問も進行した。冬雪がトパロウルに顛末を聞いたところ、河童はアンドリュー・ピット元陸軍兵長。体術には適性があったが、配属されていた小隊で同僚を殴殺しかけ、解雇されていたという。そこまではどうでも良いのだが、彼がスチュワート兄妹に手を出した理由が問題だった。
「外国諜報幇助罪で再逮捕……まあ、大臣の失脚を狙う理由なんて、政敵か他国のスパイくらいにしかなよなあ」
トパロウルの執務室で話を聴き、深々とため息をつく冬雪。要するに河童は、他国のスパイの協力者として、この誘拐を起こしたということだ。外国諜報幇助罪は、他国のスパイに手を貸した罪である。
「それで、雇い主はまた連邦ですか」
「いや、帝国だ」
「ああ、それは銀魔力に気付くわけだ……」
恐らくはそのスパイが冬雪を監視していたのだろう。彼それに気付かず銀魔力で河童を捕らえようとし、河童はそれを回避して逆に冬雪を無力化したのだ。その際に使用された閃光弾、これを提供したのも帝国のスパイだろう。道理で、と冬雪は納得した。
「では、今度はその帝国スパイを拘束しろ、ということですか」
「可能であればな。お前さんは今度こそ、スチュワート家を守れ」
スチュワート家──特に、スチュワート兄妹。彼らを守る任務に失敗した冬雪だが、処分は河童拘禁の功績で相殺された。最悪転居も覚悟していた冬雪は拍子抜けしたが、殺されたならともかく、無傷で奪還できたのだ。結果的にはあまり大きな失敗とはみなさない、というのが特別情報庁の判断だったらしい。
奪還まで一日で済んだというのも加点されたようだ。要人の誘拐は、面倒な場合は他国まで連れ去られることもある。そうなれば奪還には長ければ一ヶ月以上を要することもあり、一晩挟んだだけだった今回の事件では処分の軽減につながったのだ。
「だからお前さんは、ほとんど今まで通りにしていればいい。あまり深刻になりすぎるな」
現在、冬雪は幽灘を連れて、ギルキリア市中央公園に来ていた。アントニーやアネッタもいる。二人とももうすっかり誘拐のショックから立ち直ったようで、公園を駆けまわる姿を見て、冬雪は人知れず胸をなでおろしたものだ。
そして、そんな三人の姿を見守る住民がもう一人。
「誘拐されていたなんて言われても、信じられないわね」
クリスである。冬雪から話としては聞いていたものの、実際に人質奪還には関わっていない。事情を知る中で最も事件から遠くにいた人物といえるだろう。
「二人とも、心が強いんだな。誘拐されたら多少は引きずってもおかしくないだろうに」
「そうね、それは同意見だわ」
「ああ、それはそれとして、気付いているか、クリス」
冬雪が言うのは、公園のある木の根元に座り込む、一人の少年についてのことだった。
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