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第五話-8

 自己複製を繰り返した呪容体の一部が川を流れ別の道に出る、などの想定外の事態はいくつか発生したが、基本的には何の問題もなく追跡し、冬雪はやがて、ある集合住宅に行きついた。一〇〇レイアの距離でスチュワート兄妹の呪容体の反応があったため、場所は間違いない。


 少し離れた位置に車を停め、中に精霊を潜入させ探索すると、そこにいたのは電話に向かって話す陰気な風貌の男だった。二人を誘拐した人物だ。拳銃もテーブルの上に置かれている。中を盗聴すると、金額は問題ないから残りの金を指定の場所に置きに行け、と指示しているところだった。


 様子を観察するに、どうやら彼が河童で間違いないようだ。他に共犯者らしき人物の姿が見えないのが気掛かりだが、河童だけでも拘束しておけ、という指示が、既にトパロウルから出ている。


(さて、突入するか)


 前日は手加減したせいで無力化された。もう容赦はしない。これ以上、任務の失敗を重ねる(・・・・・・・・・)わけにはいかないのだ。


 河童の部屋は集合住宅の二階、冬雪はベランダに飛び乗り、壁を通過するためだけに転移魔術を使用して室内に滑り込む。電話は既に終わっているようだ。中に入ると、冬雪は素早く、室内に風で防音幕を張った。『霊眼』の頃から常用していた技術だ。現在は零火も使える。


「何ですかあなたは!」


「その口調は電話以外でもそのままなのか。意外だな」


 侵入してきた冬雪に気付いた河童が、拳銃を掴んで威嚇する。対して冬雪は、さほど感嘆した風でもなく適当なことを言いながら歩みを進める。


 銃声が一発。河童が放った弾丸は、しかし冬雪の顔の横を通過し、彼に当たることはない。彼が弾道を見切って回避しているのでも、河童が威嚇射撃としてあえて外したのでもないため、これは単に銃の整備不良のせいだろう。


「はっきり言おう、ボクはお前に興味はないし、誰なのかも全く知らない。だがお前が行った行為は、ボクも共和国法も許さない。未成年者誘拐罪により、この場をもってお前を拘禁する」


 一方的に並べ立てると、冬雪は銀魔力を武器に形成し、また体内の魔力を操って身体能力を向上し一気に河童に向けて踏み込んだ。


 銀魔力が身体能力向上に利用できることは、それなりの実力を持つ魔術能力者ならば誰でも知っていることだ。その強化にも二種類あるが、一つは反応速度の向上、もう一つは純粋な筋肉作用の強化である。


 体内の神経細胞同士の間には、シナプス間隙と呼ばれる隙間があり、信号を次の神経細胞に伝達する際、僅かな遅延が生じる。銀魔力による反応速度の向上は、魔導体であり電気伝導性を強く示す銀魔力で一時的にシナプス間隙を埋めることでこの遅延をなくし、驚異的な反応速度を実現することが能力の一つとなる。


 筋肉作用の強化についてはもっと単純な仕組みで、ただ骨格筋に通した銀魔力の動きを身体の動きに合わせ、ロボットスーツよろしくサポートすればいいのだ。『霊眼』の頃は似たようなことを風を身に纏うことで行っていたが、銀魔力の方がはるかに外界からの影響を受けづらく、身体にかかる負担も少ない。


 そして武器も、銀魔力で形成する。何度でも言うが、銀魔力は基礎中の基礎、三級魔術師なら誰でも使えて当然の魔術魔法だ。様々な理由から戦闘において滅多に使われないが、冬雪は大抵の敵について、この程度で圧倒できると評価している。


 河童もかなりの身体能力で、冬雪の攻撃を回避し続けている。銀魔力くらいは多少扱えるのかもしれない。構わず攻撃。距離を詰めてナイフを一閃、やや開けば剣を振り下ろし、さらに開けば槍で刺突、銃弾は盾で反射、接近すれば鎌で引き寄せ、喉元を苦無が、肩を戦斧(トマホーク)が掠め、部屋中には無数のワイヤーが広がる……。


 銀魔力の武器は変幻自在、これだけの攻撃の中、冬雪の前でなお傷一つ負わず立っていられたのは、『呪風』史上では河童くらいなものである。だから、冬雪は攻勢の手を止める。


「やるじゃないか」


 それは素直な称賛だった。敵ながら認めざるを得ないだろう。銃弾を使い切った河童に対し、冬雪は長い髪を撫でるように掻きながら嘆息する。


「銀魔力以上の手の内を見せた相手は、機密保持のためにボクが尋問し、処理(・・)することにしていたんだ。特別情報庁は機密を抱える機関だからね。だから生きたまま拘束しなきゃならない敵には、手の内がより分かりにくい技術を使わないと」


 冬雪が河童を睨むと、弾性のない物体が床に落ちる音と、粘性のある生暖かい液体が飛散する音とが、同時に両者の鼓膜を叩いた。発音体を確かめた河童は、その正体を見て絶叫する。


 指が、と繰り返し叫びながら、彼は血の溢れる指の付け根を押さえ、膝を突く。一睨みする隙に、冬雪は河童の指一本だけを、正確に切断したのだ。


「認めるよ。お前は強い敵だ。──敵だった。お前は今、自分が何をされたのか分からないだろうが……手元が狂ったら手首が落ちるところだったな。まあそんなことはどうでもいいさ」


 元々戦闘向きの技術ではないので、形勢が優勢でなければ使わない技術だ。精密性が求められるため、いくら彼でも動きながら使うのは非常に困難なのである。


「随分てこずらせてくれたな。今度こそ、未成年者誘拐罪で、特別情報庁が拘禁する」

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