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第五話-7

「何とか間に合ったか……」


 翌朝未明、出来上った呪容体を保存したマナ水晶(マナを保存できる特殊な分子構造の水晶)を机に置いて、冬雪は椅子に沈み込んだ。今から少しでも眠りたいところだが、そんなことをすれば、昼までは起きることがないだろう。それでは計画が破綻してしまうので、彼はすぐに魔道具店に戻り、岩倉に通信を行った。冬雪家とスチュワート家は、通信魔術の使用可能圏内なのだ。


「こちら『呪風』。『白兎』さん、起きてます?」


「すごく眠いけどねーぇ、起きてるから安心したまえよ。それで、例の仕掛け、完成したのかい?」


「ええ、なんとか。徹夜というものは、この身体でもかなりしんどいですね」


「それでちゃんとできてるなら、私も徹夜で張っていた甲斐があるというものさ。夜間、こっちは特に何事もなかったよ。何事もなさ過ぎて退屈だったくらいさ」


 岩倉も冬雪と同じく、前線で戦えるスパイである。戦闘力としては冬雪には遠く及ばないが、これは彼が異常なのであって、一般的なスパイとしては平均以上の実力だ。近頃地味な任務続きで訓練もできず、やや鬱憤が溜まっているらしい。


 スチュワート夫妻が起き出してしばらくすると、やがて電話が鳴った。


「こちらが指定した金額は用意できましたか」


 慇懃無礼な口調からして、前日の電話と同一人物らしい。スチュワート家も、グレゴワールが対話するので同様だ。


「ああ、しっかり準備した。今から一時間後に、まず一〇〇〇万メリア入った鞄をギルキリア市中央公園の中心の大樹の根元に置く。それを確認したと電話があったら、次は残りの九〇〇〇万メリアを入れた鞄を大河の船に落とす。これでいいんだな?」


「それで構いませんとも。しかしまさか、一晩で全額用意できるとは思ってみもませんでした。これで我々を罠に掛けようとしているのなら──二人の子どもの命はありませんよ」


 下種め、と冬雪は盗聴越しに口の中で呟いた。彼は今、幽灘と朝食を摂り終えたところなのだ。唐突に悪態を突けば、明らかに不信感を与えてしまう。


 朝食の片付けを終えた冬雪は、幽灘を連れてギルキリア市中央公園に歩いて向かった。電話からちょうど、一時間後である。


「おかしいな、今日はクリスはあの大樹のあたりにいると言っていたのに」


 真っ赤な嘘を平然と呟きながら、冬雪は大樹に向かって歩いていく。その根元には、中肉中背の壮年の男性が、足元に鞄を置いて立っている。それを横目に大樹の傍を見回し、幽灘と二人でいるはずのないクリスを探す。


 やがて男性が去ったのを確認してから、冬雪は服のポケットに忍ばせていたマナ水晶から呪容体を鞄に移し、その場を去る。また後で出直してみようか、などと話しながら。


 冬雪が去って数分後、鞄は人知れず姿を消しており、行方は冬雪にしかつかめない状況が完成した。




 冬雪が今回使用した呪容体は、自己複製力が非常に強力で、共和国内最新の高速鉄道で移動していても、一〇レイア(二〇メートル)ごとに痕跡が残るほどのものだ。たとえ車で持ち去ろうと、冬雪の探知可能範囲内であれば、どこまでも追跡ができる。そんな強力な呪容体を、冬雪は鞄に取り付けたのだ。


 日本のサスペンスやミステリーでは札束にマーカーをする手法がよく見られるが、そんな回りくどい方法を、彼は使わない。これは犯人を直接追跡するのが困難だから使用するのであって、犯人が通った道を辿ることができるなら、それで充分なのだ。鞄が消えてさらに数分後、冬雪は呪容体を使用した追跡を開始した。

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