第五話-6
夕方になって、冬雪は一度、自宅に戻ることにした。今は幽灘を零火に任せていたが、夜中までそのままにしているわけにはいかないし、保護者としても夕方には帰らなければならない。
自宅に帰ると、零火と幽灘の他に、もう一人の少女が冬雪家を訪れていた。クリスである。
「三人とも公園に姿を見せなかったからね。例の不審者はまだ捕まっていないようだけど、もしかしてあんたのことだった?」
それなら捕まっていなくても仕方ない、と彼が特別情報庁の工作員であることを暗に揶揄して、クリスが意地悪く笑う。対して冬雪の反応は、
「お、なんだ、戦争か?」
一応これでも冗句のつもりである。零火や幽灘はぎょっとして冬雪とクリスを見比べたが、当事者たちは銀魔力のワイヤーを互いの手首に絡みつかせている。まあ冗談はさておき、とワイヤーをほどき、冬雪はすれ違いざまにクリスに言った。
「スチュワート兄妹のことで、後で話すことがある」
零火が帰り幽灘が眠った深夜、冬雪はクリスと向かい合って座ると、単刀直入に切り出した。
「アントニーとアネッタの二人だが、今朝、最近話題の変質者に誘拐された。ボクの目の前で」
「それはまた、なかなかの手練れね」
銀魔力のワイヤーを絡ませたのは、本当にただの冗談だったのだ。二人とも、銀魔力程度なら簡単に切断できる。脅しにもならない。
故に、そんな彼の目の前で誘拐に成功した相手は手練れだとクリスは判断したのだ。
「ただしそれだけじゃない。奴には仲間がいる。同志なのか何なのかは分からないがな。まあそれは今は良い。あんたに訊きたいのは、中央区北半分のエリアで、子ども二人を監禁でき、二日以上潜伏できる場所に心当たりがないかだ」
「いくらでもあるでしょう、そんな場所」
「さらに言えば、特別情報庁の索敵を掻い潜れる場所だ。イヴリーネについて探るとき、丁度良さそうな場所を見なかったか?」
「さすがに分からないわね」
「だよなあ……」
そもそも質問が漠然としすぎているのだ。冬雪も、あまり期待してはいなかった。呪容体で探せないのか、と言われたが、探知可能範囲内にいないから問題なのだ。
クリスが帰った後、冬雪はアルレーヌの屋敷に向かった。今夜は徹夜を覚悟している。グレゴワールはシルヴィと話し合い、岩倉の助言も得て交渉し、まず身代金を一〇〇〇万メリア用意することにし、受け取りに支障がないか河童側に確認させる。その後残りの九〇〇〇万メリアを受け渡すことになった。
無論、罠だ。用意するのは最初の一〇〇〇万メリアだけで、九〇〇〇万メリアは紙束で誤魔化す。日本のサスペンスでも使い古された手段だが、現実問題として、夕方から翌朝までに一億メリアも現金で用意するなど不可能なのだ。だからこそ河童たちは、外務大臣たちのでっち上げのスキャンダルを、首都日報ギルキリアに報道させる案を提示したのだろうが……。
この最初の一〇〇〇万メリアの紙幣には、冬雪が途中で呪容体を仕掛け、行き先を追跡する。呪容体は自己複製をさせ現金以外にも付着させることで、銀行を経由したり宝石や貴金属に変えたりするなどの資金洗浄に対策する。
岩倉も現在、スチュワート家に徹夜で泊っているらしい。彼女も徹夜覚悟だ。何があるか分からないので、念のため張り込んでおくのである。
(ボクだけ楽をしているわけにはいかないな)
今回使用する予定なのは、いつもとはやや違う呪容体なのだ。それを完成させるべく、冬雪は屋敷の研究室に籠り、呪術魔法を構築し始めた。
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