第五話-5
警察の来訪が中止されたことを確認した、という電話があり、逆探知に再度失敗する一幕があったが、その二時間後にようやく要求を伝える電話があった。
「身代金として、明日朝までに一億メリア用意しろだと!?」
グレゴワールが頓狂な声を上げるのも無理はない。日本円と共和国通貨で為替は行えないが、物価をもとに大まかに換算すると、一メリアは三円程度になる。つまり河童たちは、子どもを返してほしければ合計三億円用意しろ、と要求しているのだ。これがどれだけの金額かといえば、前線に出るスパイチームである『幻影』の、半年分の活動資金予算と勝負できるほどだ。
「そうですか、子どもの命のために出す金はない、ということですか」
「そうは言っていない、その金額が問題だと言っているんだ!」
過大な要求を突き付けてから要求額を引き下げる、いわゆるドア・イン・ザ・フェイスの効果を狙ったのかと、一度は冬雪は考えた。一億メリアなど、たかだか新聞社の管理職に払える金額ではない。現実的な金額でないことは誰にでもわかる。
(だが、それならせめて、その倍は吹っ掛けてやった方が良かったんじゃないか?)
引き下げる前提の提示金額にしては微妙とも言える。確かに充分莫大な金額ではあるのだが、大企業管理職の夫婦であれば、借金で用意できない額ではないはずだ。
(何か別の目的があるのか?)
スチュワート夫妻は、大手新聞社の管理職だ。彼らに金以外の要求をするとなれば、世論に大きな影響を与える記事の掲載、あるいは号外の出版。考えられる目的としては、このあたりだろうか。
「金以外に目的があるのか?」
グレゴワールが問うと、冬雪が考えた通りの要求が提示された。
「金が払えないのなら、ある記事を書いてもらう、という方法もありますよ。我々としては、これでもいいのです」
「記事の内容による。私や妻の部署でなければ、記事の掲載を要求する行為は越権行為になりかねん。そうなった場合記事は無論掲載できないし、悪くすれば、私や妻が会社を追われ、永久に記事を作れなくなることもあり得る」
「それは恐ろしい話ですね、そうなったら一億メリア支払っていただくしかなくなります。ですが安心してほしい、我々が要求する記事は、あなた方の職権で書けるはずのものです」
「その内容とは?」
「ほう、書く気になりましたか。あなた方には、ルッツ外務大臣の公費使い込みを大きく報道していただきたいのですよ。彼が外交政務庁長官と通商貿易庁長官とぐるになって、税金で豪遊していると」
やはりそういう狙いがあったか、と冬雪は舌打ちした。これではっきりした。河童の背後には、売国奴か他国のスパイが付いている。共和国の外務大臣や外務省外局の要人を失脚させるつもりなのだ。
グレゴワールは電話を続けている。
「そんな記事を、根拠もなく報道できるはずがないだろう! 新聞に対する不信感を募るだけだ」
「根拠ならこちらで用意していますよ。あの目障りな大臣たちの支持を低下させる記事が明日の朝刊に載れば、子ども二人は解放しましょう」
「し、しかし……」
「一時間後にまた連絡しましょう。賢明な決断をするよう願っています」
そこで電話は切られ、逆探知は再度失敗した。冬雪は中央区を出鱈目に車で走りながら、呪容体の反応がないか探っているが、未だ発見には至っていない。
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