第五話-2
拳銃を奪った人物が、市内に潜んでいる──。警察から発表された情報は、市井に不安感をばらまいた。現場が現場だけに子どもを狙う変質者との関連性も当然噂され、翌朝は初等学校の登下校に付き添う保護者もちらほら見られた。
冬雪も、幽灘の登下校に付き添うことにした保護者の一人だ。たまには歩くのもいいだろう、ということで、幽灘の通学路を並んで歩く。魔道具店の開店は朝一〇時なので、開店時刻には影響はない。
通学路の途中で、ギルキリア大河の堤防の上を一時的に歩く。初等学校は万が一に備えて、地域ごとに通学路が指定される。工事や交通事故などで道が通行止めになっている場合を除き、基本的には指定の通学路を外れないように指導されるのだという。
堤防の上からは、朝から河川敷でランニングを行う市民の姿や、川面に飛び込んで魚を捕る鳥の姿が見える。周囲のエネルギー探知は怠らないが、今のところ、冬雪は不審なエネルギーの移動を察知していない。平和そのものだ。だが拳銃を奪われた警察官は、この近辺で襲われている。全身を堤防に打ち付けられ、手足が手錠で縛られていたという。
結局その日の登下校は何事もなく済み、翌日も変質者の目撃情報はなく、さらにその翌日も一切に被害は出なかった。この間、冬雪はギルキリア大河近辺で他国のスパイを二名ほど拘束する任務をこなしたが、いずれも警察拳銃はどれだけ探しても発見されなかった。
未だ犯人が逮捕されていないにも関わらず、市民の不安と緊張が緩んできた、拳銃強奪事件から五日目。状況が動いたのは、土曜日のこの日だった。
魔道具屋は定休日であり遊びに来た零火に幽灘を預けた冬雪は、ふらりとギルキリア大河周辺の雑木林に入り込むと、血色の右目の正面に小さな二重の魔法陣を出現させた。中央の円環が空になった魔法陣で、通過する光を屈折させる機能がある。これを二重に展開し屈折率を調節することで、遠見を可能にすることができるのだ。
観察するのは、堤防を歩く少年と少女だ。特徴的な緑髪の兄妹、アントニー・スチュワートと、アネッタ・スチュワートである。この二人は初等学校の課外活動に参加しており、土曜日も初等学校の通学路を通るのだ。幽灘は零火に任せておけば、大概の外敵には対処できるだろう。だがスチュワート兄妹の両親は共働きのため、休日でも送迎や付き添いができないことが多いのだ。気掛かりだった。
気掛かりが杞憂で済めばよかったのだが、現実がそれで推移するとは限らない。充分警戒していたつもりだった冬雪は、自分の浅はかさを思い知ることになった。
堤防の上を歩く兄妹に一人の男が接近するのを、冬雪は遠視とエネルギー検知で確認した。件の変質者の可能性がある。これまで数日間初等学校への往復に付き添っていて、見たことのない姿勢と歩容だ。どことなく陰気な印象を与える彼は、何も気付いていないスチュワート兄妹にさらに接近する。両手を二人に伸ばす男を敵と認定し、冬雪は死角から銀魔力を伸ばす。
決定的なミスが、これだった。スチュワート兄妹の安全を考えるのなら、銀魔力に拘らず男を狙撃するべきだったのだ。
男は冬雪の銀魔力が到達する寸前で身を翻して回避すると、拳銃を取り出して冬雪のいる方向に一発発砲。しかし着弾点は雑木林の木の幹で、冬雪には当たらない。次に放ってきたものが問題だった。
(手榴弾か?)
明らかにそこらの変質者が所持しているものではないが、まずは防御が先だ。契約精霊に指示し、冬雪は防御結界を出現させる。化学エネルギーや電気エネルギー、熱エネルギーなどを遮断することで身を守ることができる結界だが、致命的な弱点がある。あろうことか、冬雪はそれを失念した。
投擲物が結界に着弾し、炸裂する。轟音と激しい閃光が溢れるが、爆風や破壊が起こらない。一方で冬雪は視覚と聴覚を蹂躙され、エネルギー探知もままならない。
(しまった、閃光弾か!)
気付いたときにはもう遅い。精霊の結界はあらゆるエネルギーを遮断するが、それは展開された面のみだ。加えて、遮断するエネルギーの中に、音エネルギー及び光エネルギーは含まれていない。閃光弾と精霊の結界は、最悪の相性なのだ。
闇雲に銀魔力を飛ばすわけにもいかず、冬雪は忸怩たる思いで視覚と聴覚の回復を待った。回復した頃には、スチュワート兄妹は不審な男とともに、堤防から姿を消していた。
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