第五話-1 河童事件
冬雪がその情報を仕入れた場所は、普段から幽灘を遊ばせている、ギルキリア市中央公園だった。情報源は、アネッタ・スチュワートである。
「変質者?」
「うん。ギルキリア大河に、子どもを狙う変な人が出るから注意してって、先生が言ってた」
現在のところ、危害を加えられたり誘拐されたりした子供はいないらしいが、ギルキリア大河は河川敷に広場があり、平時には釣りやキャンプが行われていることもある。大河の周辺には民家がまばらにあるが、戦後の復興計画で植林された雑木林も目立ち、見通しの悪い場所も少なくない。
アネッタが冬雪にこの話をしたのは、周囲の大人にも情報を共有し、地域の子どもを守る取り組みが狙いのようだ。それを冬雪の隣で聞いていたクリスは、アネッタがアントニーや幽灘のもとに走っていくのを見送りながら言った。
「聞いた? その変質者、あんたなんじゃない?」
表向きは歳の近い近所の住人という体で付き合うクリスである。しばらく前から、口調はかなり砕けていた。それはそれとして、クリスの物言いには冬雪も反論したいところがある。
「一応言っておくが、ボクは変質者じゃなくただの変人だ」
そういう話ではないだろう、とでも零火がいれば言ったかもしれない。
クリスとはこれまで通り、表面的には幽灘やスチュワート兄妹を見守りながらイヴリーネの情報を探そうという結論になった。
やや話が変わったのは、冬雪ではなく、『呪風』としてだった。夕方に『幻想郷』に赴いたときのことだ。トパロウルはこう言ったのだ。
「大河の不審人物の話だが、お前さんも用心しておけ」
これだけだったら、わざわざ言われるまでもない、と返していたところだ。問題は、その次である。
「ギルキリア市警察局の巡回警察官が、携帯していた拳銃を奪われた」
「大問題じゃないですか」
日本でも交番の警察官が拳銃を奪われたというニュースを聞いたことがあったが、ギルキリアではより警戒度も高いであろう巡回中に、同様の事件が起きたという。
「つい三時間前のことだから、まだ報道はされていない。だが今夜には市井に知られるだろう」
「冗談では済まない事件ですが、件の変質者が、なぜ拳銃を? 狙っているのは子どもと聞いています。拳銃など必要とも思えませんが、本当に同一人物の仕業なのでしょうか」
「それも現在調査中だ。ただ、万が一警察の手に負えなくなったとき、お前さんに対処させることになるかもしれん」
「ボクを投入するとは何と物騒な。不審者くらいは警察で捜査してほしいですがね」
「俺に言われても困る」
『幻想郷』を出て自宅に帰り、幽灘と二人で夕食を摂りながら、ラジオのニュースを流す。トパロウルが予想した通り、ギルキリア大河で警察官が拳銃を奪われた情報は、既に警察局から発表されていた。
冬雪はラジオを聴きながら、今初めて知ったように感想を述べた。
「巡回中の警察官から拳銃を奪ったか……。犯人は恐らく、相当な実力者だな」
「実力者?」
「犯人はそこらの人より強いってことだ。警察官が巡回するとき、悪いことをする人がいたら捕まえなければいけないだろう? つまり警察官は、それなりに周りを警戒しているはずなんだ。そんな状態の警察官から、あろうことか一番の武器である拳銃を奪い取るなんて簡単じゃない。犯人は只者じゃないって話だよ」
「店主より強い?」
「知らん、警察官の拳銃を奪ったくらいでは、比較できん」
暗に自分も同じことはできると答えておいて、彼は野菜スープを飲みほした。
次回、ミスです。よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。