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第一話-2

 冬雪が帰宅した先は、中央区にある、一件の住宅だった。冬雪魔道具展と看板がかかっている通り、彼の店でもある。ベルフィ不動産という事業所の仲介で借りていることになっているが、この不動産屋には特別情報庁の息がかかっており、市内に隠れ家を求める工作員がよく利用しているのだ。


 冬雪がここへ居を構えたのは、つい一ヶ月前のことだった。九二年の入庁から半年が経過しているが、ここで何があったかといえば、一言で表すならば、昇進であった。その最初の昇進が尋常ではないほど早かったが、元日本人魔力使用者であり精霊術師であり呪術師であった彼に対する、ある種正当な評価だったともいえる。現在は各種魔法関係の免許を取得しているため、魔術師兼精霊術師兼呪術師その他である。


 魔道具屋の奥に、住宅としての居住スペースがある。一階部分はリビングと浴室くらいしかないが、二階には二人分の寝室や物置がある。冬雪が自作した武器の類は、ここにはない。


 二人分の寝室──それは片方は当然冬雪が使う部屋であるが、もう一方にも使用者がいる。


 冬雪幽灘(ゆな)、元の名前は平井(ひらい)柚那(ゆな)。冬雪が日本に住んでいた頃からわけあって保護していた、元幽霊の少女だ。年齢は一〇で冬雪とは八歳しか変わらないが、法律上の保護者としての立場を得るため、現在は彼が養父、幽灘は養女ということになっている。この立場に収まるには一悶着あったものだ、幽灘の姉が原因で。


 その姉と幽灘を前に、国道任務の翌朝、冬雪は話を切り出した。


「幽灘を、共和国の初等学校に編入させようと考えている」


 リビングのソファに隣同士に座った二人は、そう言われると顔を見合せた。聞き慣れない名前が出たためだろう。質問したのは、姉の方だった。


「先輩、初等学校ってなんです?」


 平井零火(れいか)、日本に残した冬雪の協力者で、現在高校生の雪女の少女。雪のような銀白色の髪と、氷のような水色の瞳が特徴的だ。冬雪が日本と共和国とを行き来する手段を残しており、彼女は時折、こうして共和国を訪れる。現在の日本はゴールデンウィークの連休のため、二泊三日でこちらへ滞在している状況だ。


 彼女の問いに対し、冬雪は答えた。


「おおよそ、日本における小学校と大差ないと思っていい。満七歳になる年度から満一二歳になる年度まで在籍し、基礎教養を身に着けることを目的とした義務教育機関だ。今から幽灘を編入させるとなると、初等四年次の扱いになるな」


「五年生じゃないんですね」


「ああ、日本と共和国では、年度の扱いが違うからな。新しい年度は、共和国では七月から始まる。神暦五九九三年五月の今は、五九九二年度というわけさ」


「勉強内容も日本と同じなの?」


「それが問題なんだよなあ……」


 図らずも、幽灘の質問が冬雪を唸らせた。彼の懸念と一致したのだ。


 結論から言えば、無論同じであるはずがない。日本は第一世界空間にあり、精霊自由都市共和国群は第二世界空間──それぞれは互いに、一般には認識すらされない異世界国家という関係である。第一世界空間と第二世界空間の学校の、学習内容が同一であるはずがない。日本と共和国では、言語も文化も歴史も生物も社会構造までも、何もかもが異なるのだ。


「幽灘は良いところに気が付いたな。そう、同じであるはずがないんだよ。何日かこっちで生活してみて分かったと思うが、日本との違いが多すぎる。理科とか算数なんかはどちらも大差ないからいいんだが、正直に言うよ。ボクもまだ、そこまで正確に調べられたわけじゃあない」


 学び舎に後から入る上で、これ以上ない不安要素だ。冬雪家は、対外的には先進国家連邦の属国であるジャポニオ民国からの移民ということになっている。勉強のできない異国人の転入生など、最悪の場合、いじめの対象にすらなりかねない。


「と、少々不安になるようなことを言ってみた」


 深刻な空気を霧散させて足を組みなおす冬雪を、姉妹はきょとんとして見つめた。


「確証があるわけじゃないが、幽灘の場合は、まずそこまで大変なことにはならないと思うよ。そりゃあ最初は手間取ると思うけど、まだ一〇歳だからね、これくらいの年齢であれば、新たな環境に適応するのは大人より簡単だ。もし躓いても、社会とか魔法とか文化のことならボクもサポートできる。言語は心配いらない。まあ大きな問題は起こらないだろう、というのがボクの見立てだ」


 そういうと、幽灘は安心したように息を吐いて、初等学校への編入を承諾した。

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