第四話-5
「心配になるほどとんとん拍子ですよ。大丈夫ですかね、これ」
望外の提案の後、冬雪は自宅に帰るフレイルの車内で通信の魔法陣を起動し、『幻想郷』にいるトパロウルに報告をしていた。彼は住み込みの使用人ではなく、自宅から出勤する勤務形態だ。養女がいるのだから、自然な選択である。日本でやろうものなら、罰金が必要になるが。
冬雪は無論、任務の進み具合に驚いているのだが、さらに驚いていたのはトパロウルである。特別情報庁本部に要求したセオドア・ヴェルニッケに情報が寄越されるより早く、冬雪は彼がアデラール・シャロンの手駒だという情報を、現地で入手してしまったのだ。
「一等工作員の仕事を取るんじゃない」
「いやあ、そんなつもりは全くなかったんですけどねーぇ、すみませんね」
反省しているのかしていないのか、微妙に分からない態度で、冬雪は苦笑した。
「でもヴェルニッケがアデラールの手駒だと分かっただけです。過去の犯罪歴だとか思想だとかは分かりませんから、情報の請求は引き続き頼みますよ」
翌日冬雪はフレデリカに呼ばれ、教育係のヴェルニッケを伴わず、一人で彼女の書斎に赴いた。
「お父様の銃を整備するあなたに、会っておいてほしい人がいるの」
今更といえば今更な話だが、以前整備を担当していた元使用人からの引継ぎらしい。整備のやり方は一般的な魔導系軽火器と大差ないが、競技用の銃は特有のアクセサリが付いている場合がある。全体的には大した内容はないが、会って話を聴いておいて損はない。
「ですが、本題はそうではないのでしょう?」
「よく分かっているじゃない」
すると、アルテミエフが一枚の書類を冬雪に差し出した。三つ折りにされており、シャロン財閥の紋章が記されている。
「これは?」
「以前、アデラール様の銃を整備していた使用人の退職届です」
「労働者雇用法では、退職届の保管は義務付けられていませんが、案外残っているものなのですね」
「一週間前に処分されたことになっていますが、フレデリカさまが秘密裏に回収されました」
なぜかやや自慢げなアルテミエフから退職届を受け取り、開いて中を読む。退職者名や退職日などの欄に目を通し、冬雪が視線を止めたのは、退職理由の欄だった。
「ディークマイヤー造船へ転職するため……?」
「彼は私と同じで、お父様に不信感を持っていたのよ。実質的に、それが転職の理由だと思っていいわ。あなたみたいに味方に引き込めたら良かったのだけど、お父様を敵に回すのは難しいと言って断られてしまった。ディークマイヤー造船に行ったのは、シャロン財閥の情報を買われたからかもしれないわね」
「ですが、ディークマイヤー造船の本拠地はギルキリア市ではなく、セリプウォンド市のはず。鉄道でも片道で一日が終わります。それでは少々困るのですが」
無論、冬雪なら転移魔術でセリプウォンドに跳ぶことはできる。これなら移動時間をほとんど考慮せずに済むが、明らかに三級魔術師の扱える魔術ではない。しかし、フレデリカは心配いらないと言う。
「彼がいるのは、ディークマイヤー造船ギルキリア支部よ。場所は港東区。ディークマイヤーの支部には私が連絡を入れておくから、今日の午後、会ってお父様の話を聴いておいて」
簡単に言ってくれるな、と冬雪は唸った。無論口には出さなかったが。
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