第四話-4
場所を変えよう、と提案され、冬雪がフレデリカに連れて来られたのは、二日前にヴェルニッケに連れていかれたのとは別の地下室だった。
「このお屋敷、地下室が二つもあったとは思いませんでした」
「今はほとんど使われていないもの、ヴェルニッケがわざわざ案内しなかったのも頷けるわ」
フレデリカを先頭に階段を降り、アルテミエフが最後尾に着いてくる。冬雪は二人の間に挟まれている形だが、恐らくアルテミエフには警戒されているのだろう、と考えられた。フレデリカは冬雪を警戒しているようには見えない。
奇妙な状況だ、と冬雪は思う。無論彼としては、願ってもない展開なのだ。フレデリカはアデラールから、貴重な情報を聞いている可能性が高い。こうして接点を得られれば、その情報に近付きやすくなる。
なのだが、そこに至るまでが異常に早い。どちらかというと、フレデリカはアデラールの裏を嗅ぎまわろうとする人物に餌をちらつかせて釣り上げ、先手を打って排除しようとしているのだ、などと説明された方が納得できる。
しかし彼女は、冬雪が盗聴していることを知らず、アルテミエフに私室で零しているのだ。「今のお父様は信用ならないわ」と。盗聴を前提とした策ならば驚嘆するところだが、呪術師でもなければ呪容体を発見するのは困難だろう。フレデリカやアルテミエフに発見できるとも思えない。
真意を図りかねているうちに、地下室の入り口にたどり着いてしまった。中に入ると、冬雪は素早く地下室のエネルギーを探る。盗聴器や、冬雪がするような魔法による盗聴が行われている様子はない。壁や扉も厚く、外部に音が漏れる可能性も少ないようだ。
「随分と厳重な部屋ですね。多少の事故があっても、発見には時間を要しそうです」
地下室の扉が閉まると、冬雪は感想を述べた。その一言で顔色を変えたのはアルテミエフだ。
「あなたは、この場でフレデリカさまや私を害せる、と……?」
冬雪の期待通りの誤解だった。フレデリカに心酔するアルテミエフであれば、素性の知れない彼を警戒し、警戒しすぎる可能性は充分にある。一瞬でもその可能性を警戒させれば、得られる情報がある。彼女がスカートのフリルに手を伸ばしかけたのを、彼は見逃さない。
(なるほど、彼女の武器はそこか)
呆気なく、狙った情報を確保できた。無論、これ以上に誤解を進めては後で困ることになるので、冬雪は軽く両手を挙げる。
「違います、逆ですよ。私がこの場で消される可能性を考慮したのです。すみません、どうも疑り深い性分でして」
「ルナ、それくらいにして」
フレデリカが制止の声をかけたため、アルテミエフは姿勢を戻した。続いて冬雪も挙げていた両手を下ろし、しれっと地下室に呪容体を仕掛ける。
「それで、旦那様についてどんな印象を持っているか、でしたか」
「ええ、ここなら他の誰かに聞かれる心配はないわ。安心して本音を話していいわよ」
「これはまた恐ろしいことを仰る。母国の言葉で、口は禍の元、というものがあるのです。迂闊なことを言いたくはありません」
「つまり、口を滑らせることができないような印象があるのね」
「……ほら、早速禍したではありませんか」
意図したものではなく、これは完全な、ただの失敗だ。口が禍の元過ぎる。咎められることはなかった。
「別にいいわ、そんなことより、本題は他にあるから」
「本題と言いますと?」
「あなた、お父様ではなく、私の側に付く気はない?」
失言はあったが、それは願ってもない提案だった。しかし、疑問はある。
「それ、私でいいのですか? 自分で言うことでもありませんが、かなり危険だと思いますが。私はまだ、このお屋敷に仕えて一週間と経過していません。そんな素性の知れない、信用できるかも分からない人間を、味方に引き込もうとしていいのですか? 私は元々旦那様の手駒であり、より近くで仕えるために使用人として雇われた──そうなった場合、お嬢様の言動は旦那様に筒抜けになるのですよ」
「本当にそうだとしたら、わざわざそんなことは言わないでしょう? それに、時間が経ってからでは遅いのよ。時間が経てば、本当にお父様の手駒にされる可能性が高くなる。ヴェルニッケもそうだった。慎重に見極めようとしていれば後手に回る。ルナほどでなくてもいい、多少のリスクを冒しても、お父様に寝返らない味方を増やしておきたいのよ」
「……なるほど、理解しました。嬢様は、旦那様が裏で行っている何らかの取引、その情報を掴むために、私を引き込もうというのですね」
「その通りよ」
答えは、迷うまでもなかった。
「私で良いのでしたら、喜んで」
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