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第三話-9

「……お父様」


 フレデリカが玄関に入ると、そこにはアデラールが待ち構えていた。元々フレデリカの到着予定時刻は決まっており、屋敷内にいた使用人が車の到着を知らせたこともあって、アデラールは首を長くして娘の帰りを待っていたのだ。


「ただいま戻りましたわ」


「よく帰ってきた、フレデリカ」


 フレデリカに同行していた使用人のうち、アルテミエフを除く数名は、アデラールに一礼すると荷物を持って屋敷の中へ入って行く。


「フロップ君との会談は、予定通りに済んだかね?」


 ヴェルニッケに言われてその様子を観察していた冬雪は、ほう、と感心した。さすがは財閥会長とその娘と言うべきか、親子らしい会話がない。アデラールはフレデリカを部下のようにしか見ていないし、フレデリカの態度もまた、上司に対するそれと変わらない印象だ。滞りなく、という受け答えが、完全に出張を終えた交渉役の声音である。


 フロップ・トーマ・フォン・ディークマイヤー。西洋魔術連合帝国のディークマイヤー子爵家を本家とし、セリプウォンドに本社を置くディークマイヤー造船社社長ミハイルの跡取り息子。ミハイルとアデラールは古くから社交界での交友があり、シャロン財閥は造船業に手を広げようとしてる、ともっぱらの噂だった。フレデリカとフロップは婚約者だ。政略的な意図の存在は、疑うまでもない。


 ディークマイヤー家は出自が出自なので、過去に何度か特別情報庁や司法省公安外局による調査が行われている。結果、警戒に値する行為はない、という結論が出ており、こちらはあまり心配する必要はない。シャロン財閥は連邦に、ディークマイヤー造船は帝国に、それぞれ情報を流しているとなれば、今後の行動に影響が出るところだ。そうはならず、アデラールの捜査にのみ集中できるのは、冬雪には一つの安心材料だった。


 玄関では、親子らしくない親子の会話が続く。


「そうか。それならば、こちらとしては動きやすくなるな」


「いいえ、私はフロップ様との会談が滞りなく進んだと申し上げただけですわ。少々予定外の事態がありましたが、それは会談外のことでしたので」


「なに?」


「会談が終了した後のことです、ミハイル社長がフロップ様と、入れ替わるようにお越しになったのは」


 おや、と冬雪は思った。どうやら気圧が低下し始めたらしい。アデラールは顔を曇らせ、フレデリカの声は対照的に、やや楽しんでいるように聞こえる。


 これ以上はシャロン財閥の機密情報になるだろうし、親子らしくない親子も場所を変えるようだ。新人の使用人が表立って話を聴き続けるわけにもいかない。前日に仕掛けておいた呪容体からの盗聴に切り替え、冬雪は屋敷の清掃に戻ることにした。


 アデラールとフレデリカは、屋敷の二階にあるアデラールの書斎に移動したらしかった。書斎に仕掛けておいた呪容体から聞こえてきたのは、冬雪にとって追い風になるかもしれない情報だった。


「ここなら不届きな使用人などに聞かれる心配はない。さっきの続きを聴こう」


 盗聴している不届き者ならここに一人いるのだが、呪容体の存在は大天使がその身に付与されていても気付かない。


「続きと言っても、ミハイル社長が仰ったことは、あまりお父様が聴きたいことではないと思っていますわ」


「好きか嫌いかではないのだ」


「では申し上げますけれど……単刀直入に言いまして、ミハイル社長はシャロン財閥に、造船技術を提供するつもりはないと明言されました」


(予想外の展開だな。政略結婚は、シャロンとディークマイヤーの連帯を内外に示すためのものだと思ったが)


 何か別の意図があって、婚約しているのかもしれない。これはまた後で考えることにしよう、と冬雪は考え、盗聴を続ける。しかし、フレデリカは他にディークマイヤー造船の近況について見聞きした内容を話しただけで、これといって盗聴では大した収穫は得られなかった。


 さらに冬雪を驚かせる発言があったのは、フレデリカがアデラールの書斎を辞して私室に入り、アルテミエフと二人きりになったらしいときだった。そのうち使うことがあるかもしれない、程度の考えで仕掛けておいた呪容体だったが、想像よりもはるかに早く、役に立つ時が訪れたようだ。


「私はミハイル社長の方針に賛成よ」


 聴いてるのがアルテミエフ一人だと思って零したらしいが、次の一言こそが、冬雪を驚かせたのだ。その衝撃は、ディークマイヤーがシャロンに造船技術を提供しないと聞いたときのそれを、大きく上回る者だった。曰く、


「お父様は、間違いなく裏で動いて何かをしている。今のお父様は信用ならないわ」

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