第六話-10
機能した罠二つ目、鍵穴の呪容体。こちらの効果は盗聴を前提とした防音幕と違い、冬雪らしい、明快なやり口である。
細工を施したのは、鍵穴の奥と、冬雪とシンディがそれぞれ所持する二つの鍵の先端部分。ここに、センサーのような役割の呪容体を付与するのだ。普段ならば特定の呪容体同士が触れた際に魔法が発動するように仕掛けるところだが、今回の仕掛けは真逆である。
呪容体を持っていない鍵が触れたとき、所有者を感電させて気絶させる罠。共和国で使っても発見が困難な呪術魔法の仕掛け、極端に魔法に疎い連邦人が気付けるはずもない。
ピッキングの痕跡がないことから、冬雪は侵入者は合鍵を作っていると推測した。その見立て道理であれば、今回のように、部屋に戻る頃には知らない誰かが廊下に倒れていることになる。どうやら今日は何かの虫でもばら撒くつもりだったらしく、傍らに転がる筒の中では、小さな生き物が大量に蠢いているのが感じられた。
「よくもまあ、黒羽蝶をこんなに集めたものだな……共和国メルトナ州ならともかく、連邦にはほとんど棲んでいない種のはずなんだけど。ご苦労なことだ」
気絶したのは多分少し前のようだ。冬雪たちが戻ってくるのはもう少し後だと考えたのだろうか。生憎連邦にいる協力者に裏切者を引き渡すのにそう長い時間は必要なかったので、寄り道する時間はあまり長くならなかったのだ。
気絶した侵入未遂犯に黒羽蝶の筒を載せ、ずるずると部屋の中に引き込んで扉を閉める。冬雪は目覚める気配のない対外情報局の防諜員(と思われる)を調べながら、シンディに指示した。
「さっきの協力者に連絡して、荷物をもう一つ持って行くと伝えてくれ」
「はいよ、了解。あっ、電池の減りが遅くなってる」
「盗聴器を潰したからな。まあ部屋には何か残っているかもしれないが」
あとでそれも一通り調べた方がいいかな、と冬雪は考えた。侵入者の手荷物を探りながら違和感は覚えたが、その正体は掴み切れなかった。ちなみに自分で連絡しなかったのは、シンディが連絡係の仕事を冬雪に奪われて膨れていたためと、彼が自分の携帯電話の充電を忘れており、使えなかったためだ。
「連絡取れたよ。文句言われたけど、持って来ていいって」
「了解だ。ひとまず出かけるか」
翌日、嫌がらせの件は全部解決した、と岩倉に報告したところ、何も解決してないよ、と冬雪は返答を受けた。もしや嫌がらせは持ち回り制なのだろうか、と推測して岩倉の部屋にも罠を仕掛けてみると、夕方には一人、侵入者を仕留めることができた。さらに翌日以降は何事もなかったので、侵入者はそれぞれ別だったらしい。
「あのときの違和感はあれか、ボクたちの部屋に来た侵入者が合鍵を一つしか持ってなかった部分か。別々だったんだな」
「一人で二部屋嫌がらせするのはあまり効率的じゃないからねーぇ、そうしたとしても、特に驚かないね」
「それもそうか」
ということで、同時に発生していた二つの問題が解決された。この期間、対外情報局と『能面』が一戦交えたことが報道されており、最終的には対外情報局が、『能面』の暗殺者を一名拘束することに成功した、という情報が出回っている。冬雪たちを嫌がらせで足止めしておいて、『閻魔』の戦力を動員したようだ。
連邦国内は、公機関の手がついに『能面』に届いたのだ、ということでお祭りムードである。規模の知れない組織の一人を捕縛したくらいで喜びすぎのような気もするが、大きな一歩であることにも変わりはない。それ以前に共和国で既に二名拘禁されている事実は秘匿されているため、連邦市民は知らないのである。
そうして互いに目先の課題を片付けたところで、冬雪は本来の任務のために動き出した。
「さて、この面倒な仕事を片付けに行こうか」
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