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第三話-6

 アデラールへの挨拶が終わると、冬雪はシャロン邸の使用人として働き始めた。彼の教育係に任ぜられたのは、セオドア・ヴェルニッケという若い使用人だ。彼は冬雪の──ホルト・グランテールの──話を聴くと、肩を叩いて歓迎した。


「実は旦那様の愛銃を整備できる人が、最近辞めちゃって困ってたんだ。いやあ、僥倖(ぎょうこう)だなあ!」


 銃の手入れくらい自分ですればいいのでは、と思わないでもない冬雪だが、一応言わないように自制した。今の彼は、アデラールにかかった容疑の真偽を確かめ、証拠を押さえなくてはならない立場である。迂闊な発言は控えるべきだ。少なくとも、屋敷での信用を確立するまでは。


「お役に立てるよう、尽力します」


「うんうん、よろしく頼むよ。僕では銃の扱いなんて、ちんぷんかんぷんでどうしようもないからさ」


 こちらも握手を求めてきたので、冬雪はありがたく呪容体を仕込む。一見友好的な態度のヴェルニッケだが、シャロン邸の使用人からも何らかの情報が得られる可能性はあり、あまり警戒させるわけにはいかない。


「それじゃあ早速、君に屋敷を案内しよう。屋敷は広いからね、迷子になっても困るからね」


 警戒を解いてはいけない。かといって、警戒しすぎてもいけない。あまり露骨に疑ってかかるようだと、慣れた相手ならすぐに気付く。それでは任務に支障が出る。


 冬雪は、屋敷の要所にも呪容体を仕掛け、通信の魔術魔法をさらに簡略化した盗聴用の魔術魔法を仕込んでいく。呪容体はいわばマグネットのテープのようなものであって、主な使用用途が対人的なだけであり、付与する分には無機物でも問題ない。


 やがて屋敷を一周すると、ヴェルニッケは冬雪を、地下室に案内した。


「ヴェルニッケさん、ここは一体?」


「倉庫兼射撃場だよ。旦那様の所有する銃は、ここに保管されているんだ」


 銃の整備要員として、ここに連れて来られたようだ。冬雪は普段、自分で作った銃を使用しているため、一般的に流通する魔導系軽火器を前にしたことは、実はあまりない。一人の魔道具屋としても、やや興味がある。


「そこにかかっているのが、旦那様の愛銃、ベレトメス85だ」


 壁にかかっていたのは、銀色に輝く一丁の拳銃だった。銃身がやや長く照準器が円筒状になっている、競技用のモデルだ。地下室の出入り口付近で立ち止まったヴェルニッケの横を抜け、冬雪は銃の前に立つ。使い込まれているが、外観は新品のように輝いている。元々よく手入れされていたようだ。


「早速だけど、旦那様の銃の整備をお願いしてもいいかな? しばらく誰も整備していなかったから、できるだけ早く君に見せておけ、と旦那様が言っていてね」


「承知いたしました。……ヴェルニッケさんの銃も、一緒に点検しましょうか?」


 ヴェルニッケの顔色が豹変した。皮手袋をはめてベレトメス85を手に取りながら、振り返ることなく冬雪が言ったのだ。ヴェルニッケの手が素早く腰の伸び、小柄な拳銃が抜かれる。セラミック製の光線銃、ベレトメス90。やや高価なため特別情報庁の工作員(スペシャリスト)でも持っている者は多くないが、殺傷能力と静音性能は非常に高い。隠密行動を好む者には垂涎の的だろう。


 ヴェルニッケは、銃口を冬雪の後頭部に向けて尋ねた。


「銃の扱いなんてちんぷんかんぷんでどうしようもないはずでは?」


「なぜ、僕が銃を持っていると気付いたんだい?」


 答えによっては撃つ、と言外に込めて、低い声を発する。対して、冬雪の答えはあっけらかんとしていた。


「え? いや、ベストの裾からホルスターが見えていましたので……そんなに睨まないでくださいよ、多少銃を扱ったことのある人なら、すぐ気付きますって」


 振り返ってみると先刻と同一人物とは思えない顔のヴェルニッケがいたので、冬雪はつい苦笑した。なかなかどうして、エネルギーを観察するだけでは後方に立つ人間の表情変化は気付けないものらしい。思いがけない場面で、新たな課題が見つかった。

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