第六話-3
「そういえば、ボクをあんたと相部屋にするように手配したのはあんただって話だったな。何か理由があるのか」
話の流れでふと思い出し、冬雪はついでだから聞いてみようかと尋ねるも、
「あ、待ったそれは今話せない。盗聴されてるなら無理」
「それもそうか」
「だからお風呂誘ったのに、君ってば乗ってくれないんだもん」
「あんたのことだから、てっきりボクは、いつもの冗句の際どい版かと」
「仕方ないなあ、これは明日、二人でいちゃらぶ朝風呂コースだね」
「奇妙な共和国語だな……」
「というわけだから、明日の朝風呂の口実を作るためにも、今夜は二人で激しい運動を」
「しない。寝かせろ」
「あれだけ昼寝しておいてまだ寝るのかこいつ」
「全然寝るが」
「まあ性欲ない男を無理やりヤるのも難しいか。ならせめてピロートークで」
「なぜそういうシチュエーションに拘る?」
「多少エロい方がいろいろ捗るじゃん」
「何が?」
「ナニが」
「真面目な話、ベッドの傍にこそ盗聴器はありそうだが。ボクならサイドテーブルか枕の下に仕掛ける」
「それは夏生くんの魔術でカットできるじゃん?」
「おい待て、それならどこで話してもいいだろう。今ここでも」
「でも正直、あーしと添い寝するのも魅力的じゃない? ほーれ、パジャマがもふもふだぞ。抱き心地最高だぞ。どうよ、ちょっとはぐらっと来るじゃろ?」
「……」
冬雪の視線がシンディの袖に吸い付き、一瞬だけ固まったのを、彼女は見逃さなかった。実際、触り心地はかなり気になっているのだ。僅かに彼が言い淀むと、シンディはにやりと笑って言った。
「よし、決まりな」
内心で零火に謝りつつ、ベッドに潜り込んでくるシンディを、冬雪は受け止めていた。元々男女の感情は希薄だし、転生後は完全に潰えたはずだが、あれだけ零火から変わらぬ思いを告げられていると、いくら冬雪でも、多少は考えもするのだ。
「ところでキャメロン」
「そろそろシンディって呼んでくれても良いんじゃないかなあ」
「ところでキャメロン」
「せめて今夜だけでも」
「特別情報庁の工作員が、その論法に引っかかるはずがないだろう。真っ先に対策させられるところだぞ」
「つまんないなあ、うりうり」
冬雪の顎の下で額を擦りつけてくるシンディの顔は良く見えないが、今宵は妙に甘えてくる。だがそんなことより、冬雪は気になることがあった。
「キャメロン、分かっているとは思うが、連邦は共和国とは季節が真逆だ。今更ながら、こっちは今は真夏なんだが……」
冬雪は、手触りの良いシンディの寝間着に触れた。
「……暑くないのか?」
「ここ冷房入ってるし」
「そういう問題なのか?」
「でも可愛かろう?」
冬雪は仰向けに寝転がったまま何も言わない。うつ伏せの姿勢で身体を触れさせてくるシンディを、ただ無抵抗に受け入れてるだけだ。次第に彼女は、少しずつ冬雪の半身に乗り上げるように移動し始めた。就寝のために照明を落とした暗闇の中、じわじわと感じる体重に冬雪は、
「重い」
「おいこら乙女に対して重いはないだろ」
「なぜそこに乗る必要がある」
「ほら、布団って重量ある方が寝心地良くなるっていうじゃん?」
「人一人分の重量は許容範囲外だ。全身を圧迫する気じゃないだろうな」
「え、腰のあたりに馬乗りの方がいい?」
「あんたは今回、なぜそういう方向に誘導しようとする? というかもっと単刀直入に訊くが、何がしたいんだ?」
冬雪がさすがに困惑して尋ねた。今夜のシンディの言動は、普段の冗句の応酬とは違う。明らかに性的なものを混ぜ込んでいる。狙いはあるのかもしれないが、それがどこにあるのか読めない。
シンディは、軽く上半身を起こすと、冬雪の胸に顔を埋めるように倒れ込んだ。
「やけに激しく甘えてくるな」
零火にばれたら後で苦労しそうだ、と冬雪は余計なことを考えた。
「いやあ、ちょっとお恥ずかしい話」
サイドテールを解いた左右非対称の長い髪で、シンディの顔は彼からは見えない。聞こえてきたのは、冗談めかした声音ではなく、静かな素の声だった。
「あーしは夏生くんより一足早く共和国を離れたせいか、そろそろ人肌恋しくなってきてね」
「女性の同僚と同じ部屋に泊るという発想はなかったのか?」
「前に別の場所に派遣されたとき、一回怒られちゃってるから」
「前科があったか」
「というわけで、安全なお友達である夏生くんにしがみつけば良いんじゃないか、と思いついたわけですよ。端的に言うと……」
シンディが、目だけを出してねだった。
「……寂しいから、一緒に寝てほしい」
そんな理由だったか、と拍子抜けして、冬雪はシンディを引き寄せた。年齢はほとんど変わらないか彼女の方が最大二つ上だが、身体の大きさに影響を受けるのか、ごく稀に幼さが顔を覗かせることがある。とはいえ冬雪も、一年強の付き合いの中、まだ二度しか見ていない姿なのだが。
冬雪に自覚はないが、実は彼にも、シンディと似たような傾向がある。彼自身は幽灘の父親として大人を演じているつもりだし、実際保護者としての振る舞いは板についてきたところではあるが、それとは別に、大人になりきれていない部分が、確かに存在した。
それとは気付かず彼は甘える彼女を抱き寄せ──、
「いや騙されんぞ、あんたの部屋を手配したのは特別情報庁だし、その時点で既に、ボクと相部屋になることが決まっていないとおかしいだろう。何を企んでいたんだ」
「ありゃ、もう少しで完全に騙せるかと思ったんだけどな」
どこまで真実か、もう一度考え直さなくてはならなくなった。
よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。