堕六話-2
「夏生くんってお風呂長いねえ。ご飯は買ってあるよ」
冬雪が浴室を出ると、シンディはビニール袋から食料を取り出しているところだった。共和国にはビニール袋を含めプラスチック製品は一般にあまり流通しないが、連邦では普通に使われている技術だ。
「これ、共和国の紙袋より薄くて柔らかいのに、全然破れそうな気がしないね」
冬雪が調べてみると、主成分は日本でも使われるポリエチレンだった。
「それ、水入れても紙袋みたいに漏れてこないぞ」
「いやそれは嘘でしょ」
「やってみれば分かるだろうさ。ほら」
「あっちょっ」
冬雪が空気中から水を集めて空になった袋に注ぐと、シンディはやめさせようと手を伸ばした。ボトルから流し込んでいるわけではないので、手を伸ばしたところで仕方ないのだが、寝間着の袖が濡れたからと頬を膨らませても困る。
「裏からつついてみろよ、漏れていないだろ?」
「またまたそんな、こういうときに冗句を飛ばすのはあーしの役目なんだから」
などと半信半疑よりも僅かに疑が勝った顔で、冬雪が持ち上げたビニール袋をシンディが指先でつつく。押しても戻ってくる感触に、シンディは目を瞬かせ、もう一度袋をつついた。さらにもう一度。
「あっは、なにこれ面白い」
「まだ続けたいならあとは自分で袋を持ってくれ」
「え、嫌だよ夏生くんが持ってよ。ぷにぷに楽しい」
「続きは後にして、一度飯にしないか」
シンディが買ってきた食事は、第一世界空間でいえば、アジア圏の物に近い。米や根菜類などが使用されひとまとめになっており、手掴みで食べるようになっている。冬雪にとっては、共和国の食事よりも馴染みやすい形状だ。
「美味そうだなどこで買ってきたんだ?」
「なんか、早朝から深夜まで営業してる店があるって聞いてね。行ってみたら、何でも売ってた感じ」
(コンビニエンスストアか?)
現代の日本では二四時間営業が主流のコンビニエンスストアだが、かつては朝七時から深夜一一時までの営業だったという。連邦は冬雪から見ると慣れ親しんだ文化が根付いているように思えてくる。道理で転生先に、共和国より連邦が選ばれるわけだ。
(連邦は、地球の縮小コピー、というわけではないよな?)
気になるところではあるが、調べるのは今ではないだろう。そのうちまたいつか気が向いて暇なときにでも、詳しく個人的に考えてみてもいいかもしれないが。ひとまずは腹ごしらえをしたいところだ。
食事をしながら、たまには任務の話もする。冬雪とシンディは友人同士である前に、工作員と協力者の関係だ。シンディは厳密には冬雪が持つ協力者ではないが、ボスのトパロウルを介せば、いずれも『幻影』の関係者として無関係ではない。
「君があーしの連絡係としての仕事を奪っているから、もうそろそろ連絡係辞めてもいいかなあとは思うんだけどね。でもお金は欲しいし」
「それはボクもだ、しばらくは二足の草鞋を履き続けるさ」
「それで、『黒死蝶』を見つける目途は付きそう? といっても、今日は夏生くんたちが連邦に着いた初日だし、しばらくかかるかもしれないけど」
「こちらから探そうと思えば時間はかかっただろうな。どういうわけか、『閻魔』が味方しているようだし。まあ、探すまでもなかったんだが」
コップを口元に運ぼうとしていた、シンディの手が空中で止まった。
「どゆこと?」
「これまたどういうわけか、対外情報局にはボクたちの行動が筒抜けだったようでね。簡単に言えば、対物狙撃銃で『黒死蝶』に車ごと撃たれた」
「撃たれた!? それって大丈夫なの!?」
テーブルに叩きつけられたコップが、声高に抗議の音を立てた。
「まあ心配するな、直前にボクが察知したから、弾道からは外れたよ。車の応急処置もしたし、しばらくはまだ動けるさ」
「いや、そんなに行動が筒抜けなのはやばくない? 下手したら、今すぐにでもここに踏み込んで来るってこと?」
「盗聴くらいはされているんじゃないか? だからまあ、さっきキャメロンが言ったように、風呂で会話するのはある意味では合理的な選択かもしれんな」
「何を他人事みたいに……」
「そこまで心配せずとも、敵の戦力だって無尽蔵じゃないんだ。『閻魔』の占い師はさっき仕留めて排除したし、『黒死蝶』にも、撃ち合いの末に肩に怪我を負わせることはできた。奴らはしばらく動けんだろう」
「それならいいけどさあ。なんか、君に頼み事しづらくなっちゃったよ」
冬雪は、キャメロンにも遠慮という概念はあったんだな、と些か新鮮な気分で彼女を見つめた。
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