第六話-1 取材班
連邦で用意されていたもののなぜか生活の痕跡がある活動拠点で、昼寝をしていた冬雪は、誰かが戻ってきた気配を感じて身体を起こした。扉の鍵を開け、入ってきたのは見慣れた人物だ。というか、今日も昼間に仕事で会っている。
「あーしの部屋で、夏生くんが寝てる……」
「誰か泊まってそうだとは思ったが、ここでもあんたか、キャメロン。上は何考えてるんだ……」
そう、冬雪のせいで連絡係の仕事を失いつつある特派員、シンシア・キャメロンだ。別の男性工作員と同室なのかと思いきや、彼女だったとは冬雪も想像しなかった。調べれば置かれた私物が女性用であることくらいは分かっただろうが、彼はプライバシーを侵さないよう、それをせずに寝ていたのだ。
しかしまさか、工作員と協力者の男女に同室の拠点をあてがうとは、上層部もついにとち狂ったか、と冬雪は頭を抱える。そんな彼を見て何を思ったか、シンディはぽつりとつ呟いた。
「そっか、手違いを言い訳に、ここで間違いを犯すのもありなんだ」
「なしだ大たわけ。無理がありすぎる」
こうなると、一度は冗談の応酬を挟まなければ会話が先に進まないのはいつものことだ。幸いシンディは特派員としての今日の仕事を終えて戻ってきたところであり、冬雪側も、特に急ぎの用事はない。ということで、ブレーキは誰も踏まなかった。
「前々から思ってたけど、夏生くんって男色家?」
「言うに事欠いて何言い出すんだあんたは。一応ボクは異性愛者だ」
「そう言う割には、あまり女体に興味ありそうな視線感じないなあって」
「女体て。まあ確かに、興味がないのは事実だからな。別に詳細を明かす気はないが、そもそも性欲というか、生殖能力がないんだ、この身体は」
「去勢でもしたの?」
「……まあ、似たようなものか?」
「似たようなものなんだ!?」
「存在はしているが、機能は完全に止まっているからな。あったとしても、魔術か精霊術か呪術を使って自分で止めていただろうが」
「その魔法を自分に使うことってあるんだ」
「だって邪魔だし、要らないし」
「普通の人なら子供欲しいとか……そういえばこの人養子で子供いたな」
「なのに終わりの見えない外国出張だ。そしてなぜか、異性同士で同室とはね」
「今回一緒に組んでるなんとかさんとも今まで同室だったんじゃないの?」
「岩倉さんか? 出国前の移動中に泊まったホテルでは同室にされたよ。船は流石に別だったけどな。といっても、安全確保のため、最終的にボクの部屋に入れたけど」
「やだ、あーしという婚約者がいながら他の女と一緒にホテルに入っただなんて……!」
「そんな伏線はどこにも張った覚えはない」
「誰に向けた何の伏線だよ」
「これが大衆向けの小説だったとして、売れるのか?」
「いやあ、主人公のあーしがこれだけ可愛いんだから、売れる売れる」
「昼間より冗談が下手になったらしいな」
「あーしは可愛いだろ。しかもこれで合法だぞ、お得感しかない」
「……?」
「無言で首を曲げるのはやめい」
二人きりの空間でひとしきり発散し、一息ついたところで、シンディは冬雪が寝転がっていたベッドに腰かけ、耳元で囁いた。
「まあいいや、それじゃあそろそろ、なんであーしが夏生くんを同じ部屋に泊めるようにしたのか話してあげよう。お風呂で」
冬雪は、上層部を冤罪で疑ったことを内心で謝罪した。
「しかもこの状況あんたが仕組んだのかよ。あと風呂には入らんぞ」
「いや風呂には入れよ汚いな」
「語弊。風呂には一人で入るが。なぜそこの事情を風呂で話す必要がある?」
「盗聴器仕掛けにくいかと思って」
ただの冗句かと思いきや、一応それなりの根拠はあったようだ。確かに浴室には物を隠す場所はほとんどなく、何か仕掛けるとしたら通気口くらいしかない。ここさえ警戒しておけば、盗聴されにくいという点において、浴室は密談に適した場所と言えないこともないのだ。とはいえ、
「ボクなら余裕で仕掛けられるが」
「実力者が自分の力を普通だと思うのやめてね」
シャロン邸に潜入したときは、見通しがよく遮蔽物のほとんどない廊下でも、呪容体を用いて盗聴を行っていた。この方法であれば、物理的な盗聴器は必要ないのだ。そんな議論をしたいわけではないのだが。
「話が進まんな。こう見えても疲れてるから、話すなら早くしてくれ」
「じゃあ明日にしようか。ほら、お風呂入ろう」
「結局風呂には連れて行こうとするのかよ、一人で行け」
シンディを振り払って先に浴室に投げ込むと、冬雪はもう一度ベッドに転がって寝直した。風呂にはシンディの後に入った。
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