第五話-4
先進国家連邦の暗殺者組織『能面』を捜査中、『七星』が本庁とのやり取りに雇っていた連絡係が姿を消した──。
工作員として、ありえない話ではない。むしろそれなりには観測されている事象だ。工作員本人を叩くのは難しいが、訓練を受けていない協力者は、発見できてしまえば処分は容易い。特に連絡係は工作員の生命線だ、行動を阻害したければ、工作員本人を攻撃せずとも、連絡係を消してしまえば、それだけで工作員は動けなくなる。
『七星』の連絡係、ウェンディが姿を消した翌日には、特別情報庁が臨時の連絡係を送り込んできた。『硝石』と名乗る青年が伝えたのは、ウェンディが警察によって逮捕された、という事実である。
罪状は商店における品物一〇点以上の窃盗、目撃証言は多数。内容が軽いことには軽いので、警察はわざわざ発表することはしなかったのだ。よって、特別情報庁の工作員に雇われた協力者であることを知らなかった警察は、彼女の逮捕を特別情報庁に知らせず、『七星』も事態を知るのが遅れた、ということらしい。
「まずいことになったな」
ひとまず『七星』は『硝石』を通じ、特別情報庁にウェンディが逮捕された経緯を調べるよう求めた。彼は何も、連絡係にするのは誰でも良かったわけではない。事前に人格や行動に問題がないかを、協力者を雇う前には必ず調べている。そのうえで、ウェンディが窃盗事件を起こしたというのが疑わしく思えたのだ。
しかし警察も、証拠もなしに市民を逮捕することはない。強引な捜査が行われ、世間で問題視されることが(国防機関の仲間として誠に遺憾ながら)ないことはないが、それも相応の客観的物的な証拠があってのことである。ウェンディの件も、指紋や目撃証言などで裏付けがされており、突き崩すのは容易ではなかった。
一方で、警察によって握り潰された証言が、ひとつだけ浮上した。弟のルイが、事件発生時刻、全く別の場所でウェンディのアリバイを主張していたのだ。捜査関係者は子どもの戯言として一蹴したようだが、それにしては証言内容が具体的で、現実味がある。
疑問に思って『七星』自身が聞き込みに出ると、ルイが証言した地点の周辺で、確かにウェンディの目撃証言があったのだ。これは奇妙なことである。同じ顔、同じ指紋を持つ別の人間が、この世界に存在するとでもいうのか。でなければ説明がつかない。
ともかくこれを見落としていたのは警察の不手際だ。証拠不充分を理由に特別情報庁から警察に働きかけ、逮捕から一週間が経つ頃には、ウェンディは秘かに解放された。あくまでもミスを認めたくない警察は、ひっそりと最小限の人数しか知らない形で釈放したが。
その後は再度、『硝石』を通じて『七星』はウェンディと会う指示を取り付け、ギルキリア市内の庁舎街で相談していたところに冬雪が現れる。以降は冬雪が持ってきた『幻影』からの提案を呑み、『七星』はウェンディという連絡係を手放すと同時、『能面』の合同捜査に参加することになる。
彼の知らない場所では、ルイが司法省総合司法局に侵入していた事件もあったわけだが、これを『七星』が知るのは、『恵比寿』という能面の便利屋を冬雪が拘禁してからのことだ。
……揺れる小型船の中、朦朧とした意識の中で、二等工作員の『七星』は締め括った。
「これが、僕の知る『能面』捜査の全容だ。結局大したことはできなかった」
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