第五話-3
オシントというものは、公開されている情報源から大量の情報を収集し、それらを精査する諜報手段だ。政府機関の公式発表や報道、雑誌や書籍を含む出版物などから集める活動である。ヒューミントとの最大の違いは、違法な情報源が一切存在しないことだろう。
『七星』が目を付けたのは、これまでに『能面』が殺害してきた連邦の人物の傾向。特に、神暦五九九三年に入ってからの履歴だ。『能面』は連邦市民からの注目度も高いため、何かあればどこの報道機関でも事件を取り扱う。故に、共和国の特別情報庁でも、『能面』の行動を分析できるのだ、一般論では。
残念ながら、『能面』の行動をオシントで推測しようとしても、これまでに成功したことはなかった。
そもそも『能面』は、依頼によって対象者を殺害する組織である。『能面』自体が何らかの思想を持って活動しているわけではなく、暗殺の対象者は依頼人の意志によって変わるのだ。過去には互いに敵視し合う二つの組織が同時に『能面』を雇い、それぞれの幹部がほぼ同時に暗殺された事件が起きたほどだ。
それでなくとも、連邦領内で活動する犯罪組織の捜査を、海を隔てた共和国で、しかも公開情報にのみ基づいて行おうとするなど、無理難題である。
シギントというものは、他国の政府や軍関係機関の発する通信電波の傍受や、レーダー等による情報収集による諜報手段だ。現在のところ特別情報庁は、先進国家連邦の機密電波を傍受できる技術力を有してはおらず、今回の『能面』の件においては早々に選択肢から排除された手段であった。
こうなると手詰まりである。『七星』は頭を抱えた。『能面』の人間が共和国に入り込んで、既に二ヶ月以上が経過している。彼が持っているギルキリア市内の協力者以外にも、各地の防諜チームが張り巡らしている情報網を借りて探していながら、それらしい人物がいた、だの、『能面』と思われる暗殺が発生した、だの、そういった報告が出てくることはない。
むしろ気味が悪いくらいだった。こうなると、密航船の船乗りが『能面』の人間を入国させたという情報の信憑性が、まず疑わしく思えてくるものだ。これで間違った情報に踊らされていただけだった、というのでは笑えない。何事もなくて良かった、などと笑っているのは、工作員ではなく警察の仕事である。
これは本当に無駄骨だったのではないだろうか、と思われ始めた三ヶ月目、『七星』は捜索範囲をギルキリア市内に限定し、協力者を総動員して、『能面』の捜索を行うことにした。
罠を用意した。市民生活に完全に溶け込んだ協力者たちは、「『能面』が共和国に来ているかもしれない」という噂を徐々に広め始めた。
噂の発生源が一ヶ所ではないため、何者かの意図によって発生したとすれば、何者かを特定するのは容易ではない。噂が流れるとすれば時期がやや遅いので、作為的な現象であることは間違いないが、そうなれば『能面』の人間は、姿を隠すだろう。
そしてタイミングよく姿を隠した者が、『能面』の有力な候補として絞り込まれるのだ。連邦の捜査機関と諜報機関でも辿りつけない『能面』という組織、共和国で捜査するのであれば、行きつく手段は結局、古典的なヒューミントに帰結する。
かくして『七星』は敵を追い詰めにかかり、結果として連絡係のウェンディは、警察に逮捕された。
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