第三話-5
フォーマンダ州ギルキリア市港北区一の七の二四、シャロン財閥会長、アデラール・シャロン邸。ベルフィ湾と水晶港を一望する一等地に建てられた豪邸で、最も見晴らしのいい一室が、当主アデラール・シャロンの書斎だった。贅沢な部屋で、たかが書斎にシャンデリアが吊り下げられている。
そんな無駄に贅沢な書斎において、不慣れな使用人服に身を包む青年が一人、アデラールに挨拶していた。
「本日よりこちらで働かせていただきます、ホルト・グランテールです。以前はギルキリア市の魔道具工房を手伝っておりました」
ホルト・グランテール──ではなく、冬雪だ。そもそも冬雪夏生という名前が偽名だが、今はこの名前で生活している以上、念のため姓名は偽っておけ、というトパロウルの指示である。
「不吉な名前だな」
「よく言われます」
アデラールは書類を読みながら、冬雪の名前をそう言って評した。事実である。
ホルトという名は、大昔に世界人口を半減させたとされる伝説上の魔法師の一人、呪術魔法の生みの親とされる、|《最厄の呪術師》の本名候補と言われているのだ。現代でも忌避感やそもそもの古さから名前としては避けられる傾向が強いというのに、自分の名として名乗る者が現れれば、名付け親の正気を疑うだろう。
「魔道具工房を手伝っていたというが、魔術魔法が使えるのか?」
「三級魔術師免許を取得していますから、簡単なものでしたらいくつか」
ある意味では名前以上に大きな嘘を、冬雪はいっそ堂々と放った。簡単な魔術魔法どころか、悪魔殺しの魔法陣を改良するほどの腕を持つ魔術師なのだが、見た目でそんなことまでは分からないものだ。たかが使用人に、高い魔術能力は求められない。
魔術師の級数は一級から三級まである。魔術魔法を使用して仕事をするには、共和国と帝国の魔術能力者を統括する国家間組織──国際魔術師連合組合が指定する試験に合格し、魔術師免許を取得しなければならない。三級魔術師免許は初めに獲得できる魔術師免許で、魔術師人口の六割を占める。そこらへんの魔術師といえば、大抵は三級魔術師だ。
冬雪の魔術能力は、国際魔術師連合組合の基準で考えると、一級魔術師に充分相当する。ただし三級魔術師免許を二級魔術師免許に更新するには、免許取得から一年以上、魔術魔法を使用する仕事に従事している必要がある。魔道具屋を開くのに魔術師免許の級数は関係ないので影響はないが、まだギルキリアに引っ越してきたばかりということになっており魔道具屋を開いて一ヶ月程度の冬雪は、特別情報庁の情報工作でもさすがに伝説をカバーできないため、実はまだ三級魔術師である。
「他に持っている資格は?」
「第二種魔道具技師免許、魔導系軽火器取扱師免許あたりは、工房にいた頃に取りました。あとは普通自動車の運転免許です」
「ほう、第二種魔道具技師免許と魔導系軽火器取扱師免許か。つまり、銃の手入れもできるというのか」
「ええ、工房でも何度か依頼を受けて整備したことがあります。話に聞けば、アデラール様も射撃を嗜むとか」
知る者であれば知る情報だ。有名な人間の公開された趣味のため、特別情報庁的には秘匿レベルは最低らしく、聞けばすぐに教えてもらえる程度の情報である。本人も話題を振られて満更でもないようで、アデラールは書斎の戸棚に立てられた彫刻を指し示した。
「あれは三年前、私が市大会で優勝したときのものだ」
「聞き及んでおります。鮮やかな射撃であったと、観覧していた知人が申しておりました」
などという会話のおかげかアデラールは機嫌を良くし、冬雪に握手を求めた。冬雪には他の方法もあったが、呪容体を仕込んでおくにあたり、直接の接触より楽な方法はない。
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