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第一話-1 三等工作員『呪風』の任務

 精霊自由都市共和国群の首都、ギルキリア市には、片側二車線以上の大通りと、高さ一〇〇レイア(二〇〇メートル)を超える高層建築物が点在する。三大陸世界大戦──別名大陸間戦争──からの復興計画の一環として、共和国政府が五八九〇年代後半から五九二〇年代前半までの約三〇年間で行った、通称ギルキリア市象徴化政策による産物だ。


 そんなギルキリア市の高層建築物の屋上で、眼下の夜景を眺める男がいた。


 コードネーム『呪風』──特別情報庁のスパイチーム『幻影』に所属し、主に国内、特にギルキリア市内での防諜任務を行っている工作員だ。半年ほど前に加入したばかりの彼は、他の『幻影』メンバーの助力を行いながら、経験を積んでいる最中である。


 今夜の任務は、先進国家連邦から潜入したスパイ一名の捕縛。『白兎』というコードネームの仲間から、現在車で逃走中との連絡が入っている。対象は、ジュピテル社製のスポーツ車マーキュリーを使用し、ギルキリア市中央区の国道七号線を北上している。つまり、こちらへ向かっているのだ。止めろ、というのが、今回『呪風』に与えられた指示だった。


 彼は、一丁の対人狙撃銃を構えた。『幻影』加入時に製作した、手製の銃だ。手製ではあるが、性能や安全性は申し分ない。冬雪夏生として魔道具屋を営んでもいる彼は、自身が使用する道具を、基本的に全て自作しているのである。


 スパイとして、使用する武器は隠密性が求められる。一般的には火器は火薬と鉛球を使う自動拳銃(オートマチック)──ワルキューレ74やミネルヴァ251など──が用いられる。


 しかしこれらの銃は、当然ながら使用後は銃弾の回収や発射残渣の隠滅などが必要になり、任務にはあまり向かない。狙撃となれば銃弾の回収も困難になる。それらの課題をクリアする武器を作れ、というのが、加入に際して与えられた実技試験だった。地球に流通した対人狙撃銃L96A1を模して完成させたこの銃は、共和国語を基に、フュールと名付けられた。


 冬雪が黄金に輝く銃身を支え、照準器(スコープ)を覗き込むと、二台のスポーツ車が映り込んだ。前を走るのはマーキュリー、後続はウォンデル社製のフューレ273。私立探偵岩倉(いわくら)美花(みはな)を表の顔とする、『白兎』の愛車だ。


 冬雪はマーキュリーの前輪に照準を合わせると、フュールの引き金引く。撃針の動く音が微かに鳴り、銃口から弾丸が放たれる。構造上、銃声が鳴らないのだ。射出された弾丸は、対人狙撃銃の弾丸の規格として一般的な二・七八ペラレイア(五・五六ミリメートル)弾に(なら)った大きさの、氷の弾丸だ。前輪のタイヤを引き裂かれたマーキュリーはコントロールを失い、中央大橋の柵を突き破ってギルキリア大河に落下した。


 スパイは落下直前にマーキュリーから飛び出し、逃走を図った。しかし、フューレ273から銀色の(つる)のようなものが伸び、そのまま捕まえて車内に呑みこんでしまう。魔術魔法の内で最も基礎的な魔術、銀魔力が使われたのだ。運転中の岩倉ではないだろう。


 恐らく冬雪たちと同じく『幻影』所属、表の顔は通訳者のアーニャ・イルムガード・アイスナー。『烈苛』のコードネームを持つ女性だ。西洋魔術連合帝国での任務が多い彼女だが、現在は帰国し、時折国内の任務を手伝っている。


 約一〇分後、一仕事終えた銃を手入れする冬雪のもとに、岩倉から通信が届いた。転移魔術に改良を施して波形のみを交換することで、音声と映像をリアルタイムで通信できるようにした魔道具を使用したものだ。三ヶ月ほど前、まだ四等工作員だった冬雪が試作品を完成させた。実際の仕組みははるかに複雑だが、半径五〇〇レイア(一〇〇〇メートル)程度の距離までならば速やかに連絡が取れると重宝されている。


 どうやら岩倉は車を地下に停めたらしく、暗く不明瞭な映像の奥で、アーニャのみかん色の髪が動いているのが見えた。捕らえたスパイを再度拘束しているらしい。行われている作業は、それだけではなさそうだが……。


「吐かせたよ、仲間との連携はないってさ」


 やはり尋問が同時進行していたらしい。


「今夜の任務は終わりだよ。ボスに連絡を」


「了解。ではそちらはよろしく頼みます」


 通信を切ると冬雪は駐車場のある地上まで下り、彼もまた愛車に乗り込んだ。フューレ273と同じくウォンデル社製の家庭用車、フレイルである。




 冬雪が機動性に優れたスポーツ車ではなく家庭用車を選んだ理由はいくつかある。


 一つは、目の前で敵に逃げられても、大抵の敵は即座に捕らえられるため、車の速度は必要ないこと。


 一つは、国内最大手自動車企業の家庭用車はスポーツ車より数が多いので目立ちにくいこと。


 一つは──彼が一人暮らしをしていないことである。

アーニャという名前が気になる方もいるかもしれませんが、某スパイ漫画の養女とは一切関係ないです。あの作品が有名になる前から、うちのアーニャも名前決まってたので。むしろあちらのアーニャが知られるようになったとき、なんでジャンル被ったんだと思いましたね、だからと言って名前を変えるようなことはしませんでしたが。

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