第四話-9
森の中に逃走を始めた『怪士』を飛行魔術で追い、赤坂は同時に魔法陣を宙に描く。魔法陣を発動させると同時、精霊術魔法の詠唱も同時に行った。
「球面結界!」
正六角形と正五角形で構成されるフラーレン構造の結界が、中に『怪士』を閉じ込める。正五角形の面は比較的外力に弱いという特性があるが、人間が刀を振り回して暴れた程度では破れない。そして刀とは、電気伝導性を持つ金属だ。
「お父さんが苦労したのも頷ける……あんなの、連邦の戦い方じゃ対処しきれない」
赤坂が魔術魔法で放った高圧電流が結界内で荒れ狂い、刀を避雷針にして『怪士』を襲った。放電は一瞬の現象であり、これだけで死ぬことはないが、気絶させるには充分だ。結界を解除し、俯せに倒れた背中に赤坂が着地しても、『怪士』はぴくりとも動かない。
そしてなぜか『能面』が所有しているこのロボットスーツも、こうなってはもう起動はできないだろう。現に今、複数の関節のモーターや電源装置から、怪しい煙が立ち上っている。電源装置は発火するかもしれないので、慎重に取り外しておくことにした。
「こちら『黒死蝶』、『怪士』を拘束した」
「……なに?」
能面を剥ぎ、ひとまずは銀魔力でぐるぐる巻きにしておいてから、赤坂はタイロンに通信した。先刻の電撃が効いているのか、数分経過した今でも目を覚ます気配はない。
「『怪士』は、俺が取り逃がした暗殺者だったはずだが」
「無理もない。私だって、魔法が使えなかったら死んでた。そんなことより、キール・エーリンは見つかったの?」
「それなんだがな、エーリン氏は今、バーティアにいなかったそうだ」
「……それは、どういう」
別荘内で既に殺害されている可能性を危惧した警察が、硝子を破って突入したところ、エーリンは別荘内のどこにもいなかった。死体が転がっているわけでもない。タイロンも中に踏み込んで確認したが、死体の臭いもなく、それどころか人が生活していた形跡もなかったのだという。
ではエーリンは実際にどこにいたのかというと、つい先刻、エルステラ市警察から連絡があり、エーリンはエルステラ市での視察業務で、昨日からバーティアを空けていたのだ。そもそも前提からして間違っていたのだ。
ではそんな誤った情報を流していたのは誰なのか。別荘には何者かが出入りしていた形跡だけはあったため、これを手掛かりに、今後調べることになるだろう。
「恐らく、『能面』の工作だろうがな。『閻魔』が壊滅した今、罠を仕掛けて徹底的に潰し切るつもりだったんだろう」
タイロンの予測を裏付けるように、別荘の地下からは、大量の爆薬が発見された。遠隔起爆式の爆弾になっていて、誘い込まれたタイロンを、ここで殺害するつもりだったのかもしれない。そしてスポッターのいない狙撃手は、『怪士』が赴いて始末する予定だった、というところだろう。
タイロンと合流して『怪士』の身柄を警察に預け、車に戻ってそこまで聞くと、赤坂は大きな欠伸をした。強い睡魔に襲われたのだ。少しくらいなら眠ってもいいだろう。この後は拠点に帰るだけなのだ。同じ車にはタイロンがいる。何かあれば、彼が起こしてくれる。
コードネームを持つ暗殺者を失った『能面』も、しばらくは動けまい。このまま官僚の失踪もなくなればいい、と祈りながら、彼女は助手席で、微睡に沈んでいった。
──同時刻、精霊自由都市共和国群首都、ギルキリア市中央区。普段よりも活気の少ない地下室にて、忙しそうに動く姉弟がいた。
姉はウェンディ・シルバーベルヒ、弟はルイ・シルバーベルヒ。ルイは現在、養子として引き取られたため、正確にはルイ・アイスナーだ。二人とも、冬雪や岩倉と同じくスパイチーム『幻影』に所属する特別情報庁の工作員で、いずれも階級は見習いの四等工作員である。
『幻影』に加入した彼らは、ボスのトパロウルやそれぞれのメンバーに師事し、工作員として必要な能力の習得を進めている段階だ。普段は『幻想郷』にて、トパロウルの仕事を手伝っている。
その仕事が一段落すると、トパロウルは二人に、ソファの適当な場所に座るよう指示した。
「今度の件で調査が進み、そろそろお前さんたちにも伝えて良いと、本部から許可が下りた」
ウェンディとルイがテーブルを挟んで向かい合うように座ると、トパロウルは執務机の下から資料を取り出した。
「ウェンディが警察に逮捕され、ルイが司法省総合司法局に侵入した、例の一件についてだ。魔道具屋が国内に潜入した『能面』の人間を二人とも拘禁し、帝共合同暗殺作戦の立案にまで至ったことで、全てが明らかになった。全貌を知る覚悟はあるか」
二人は顔を見合わせたが、そもそも加入した理由が理由である。初めから、退路など自ら断ったに等しい。
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