第四話-7
対人狙撃銃ファーレン5960を詰めた鞄を持ってデュークに飛び乗り、赤坂はタイロンの運転で、エーリンのいる山荘に向かった。
もっとも、赤坂が向かうのは山荘の付近だ。山荘そのものには向かわず、実際に山荘の傍で『怪士』を待ち伏せるタイロンの援護を行う。これが、今回の赤坂の役回りだ。『閻魔』と組むときは、このような配役になることが多かった。
懸念点がひとつあるとすれば、今回の赤坂には、スポッターがいないことだろう。スポッターは射手より広範囲を見渡して目標地点を確認したり、あるいは狙撃に集中する射手に変わって周囲の警戒を行う役だ。普段であればヤナやヴァレリーがその役を引き受けていたが、二人とも帝共合同暗殺作戦に伴う戦闘で、真っ先に死亡している。
彼らの代わりにスポッターを行ったロンも、先日冬雪によって射殺され、タイロンは別の役割で赤坂の傍を離れざるを得ない。目標地点の状況確認はタイロンとの通信を頼り、自分の身の安全は、四〇余の契約精霊に任せるしかなかった。狙撃手としては非常に脆い。
直前に入手した地図で地形を把握し、狙撃地点を決定。消音器を装着し、弾倉を挿入し、初弾を装填して支柱を立てる。寝撃ちの姿勢で構え、照準器を覗き込むと、倍率を調整。暗殺予告の一〇分前になって、赤坂の準備は完了した。
照準器が視野に収めるのは、山間にある別荘だ。ユー警部補によれば、これはエーリンの借りているもので、ここ数日ほどは自宅に戻らず、外務省舎から車で一時間ほどのこの場所に寝泊まりしていという。おかげで居場所の特定に手間取ったが、この場所であれば、赤坂は身を隠すことができる。
準備が整ったところで、赤坂はタイロンに通信した。
「『黒死蝶』、狙撃準備完了」
ところが、タイロンからの返事がない。
「どうかしたの?」
「今しがた、ユー警部補から報告があったんだが」
「……?」
「キール・エーリンの姿が、別荘のどこにも見つからないそうだ」
それが事実なら大問題である。別荘は現在、組織犯罪捜査局と陸軍情報部がエーリンの保護のため、詳細な居場所を探っているはずだが、熱源を探知しても、中に生きた人間がいないのだという。
「それって、まずくない?」
「ああ」
生きた人間の熱源反応がない場合、考えられる可能性は二つある。一つは、中に人がいない場合。このとき、当然ながら熱源はないので、いくら探知したところで捜索対象を発見することはできない。さっさと見切りをつけて、捜索範囲を移動するのが建設的だろう。
問題は、もう一つの可能性だ。捜索対象が建物の中にいても、既に死んでから時間が経っている場合。生命活動が停止した人間は体温が下がり、熱源として探知できなくなる。建物や部屋が空気の出入りを遮断する密閉構造の場合、死臭が外に漏れずに気付けない場合もあるため、容易に見切りを付けることはできないのだ。
「キール・エーリンの連絡先、組織犯罪捜査局は知らないの? 携帯電話は?」
「何度も連絡を試みているが、電源が入っていなくて応答がないそうだ。参ったな」
ぞっとする推測が、赤坂の中に芽生えた。そもそも今回の敵は誰か。暗殺者組織の『能面』だ。彼らは犯罪者であり、自分たち法機関の常識で測るのがまず間違っていたのではないか。
──『能面』は、嘘の予告を警察に送った。
その可能性に思い至ったとき、赤坂の背後で精霊がざわめいた。
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