第四話-2
暗殺者組織『能面』の構成員、コードネーム『怪士』は、刀を使う男だ。『煉獄』ジエンは逃走する『影法師』の車を追っている最中、乱入した『怪士』に行く手を阻まれ、首を落とされた。
現在先進国家連邦では、『怪士』によると思われる不審死が連続して発生していた。無論不審死などというものは年がら年中発生しており、大抵は自殺か事故か市民による市民の殺害なのだが、被害者が重要な役職にある官僚ともなると、話が変わってくる。並みの公務員ではなく、上層部の人間なのだ。
当然彼らの安否は国の趨勢に関わることであり、しかも現在のところ、発覚した事件の全てにおいて、官僚は死亡が確認されている。確認するまでもなく、首から上が、関係省庁に送りつけられるのだ。おかげで一連の事件において、死者の数以上に精神的外傷患者の増加が顕著だった。
確認された死者以外にも、行方不明の官僚も続出している。連邦警察庁が捜査を行っているが、実際のところ、捜査が追い付いてはいない。何件かは犯行声明があるので『能面』の仕業だと察しがつくのだが、犯行を組織が否定する失踪もあり、政界は混迷を極めている状況だ。シンディは、その取材のために派遣されているのである。
神暦五九九三年一二月三〇日、共和国で発生したヘインツ・ベイルハースト左院議員殺害事件を契機に、連続して発生する連邦官僚の失踪暗殺事件。連邦警察、陸軍省情報部、対外情報局が血眼になって調べているが、『能面』は尻尾を掴ませない。それこそが『能面』の関与を裏付ける状況証拠になっているのは、一体何の皮肉だろうか。
『能面』が何をしたいのか、あるいは誰の指示で一連の事件を起こしているのかは、依然として不明だ。探せば『能面』に繋がる窓口のようなものがあるのだろうが、対外情報局も人手が不足しがちだ。残念ながら、その捜査に割ける人員がない。
人海戦術は他の機関に任せているが、警察は防御が苦手で接近しただけで処理されてしまうし、軍は少なくとも分隊規模で動くため、近付く前に気付かれて逃げられてしまうようだ。
「今回『ぬらりひょん』には、俺たちに自由に動く権限を認めさせた」
愛車エルステラ・デュークの運転席で、タイロンが話す。対外情報局からの帰り道だ。冬雪たちが、特別情報庁によって目立つスポーツ車を選ばれたことに閉口する一方、タイロンの愛車がスポーツ車なのは何の冗談か、とでも、冬雪が知れば文句を言ったかもしれない。
助手席で半分寝ながら話を聞いていた赤坂は、そこで目を覚ました。
「自由に? 対外情報局は、それでいいの?」
「俺たちの動きを制限するより、やりたいようにやらせた方が早い、という判断だ。お前もその方がやりやすいだろう」
「う、うん、そうだけど……」
「何か気掛かりでもあるのか?」
話すべきか、赤坂は迷った。ただでさえ情報網が混乱している今、頂点に立つ『閻魔』の頭領に、要らぬ心配をかけるのではないか、という恐れがあったのだ。
しかし、ここで話さず後で余計な問題が起きれば、その方がかえって諜報機関にとって不利益をもたらす可能性がある。三国が大きく損耗した今回の事態は、赤坂が中心にいるのだ。
迷った末、彼女はタイロンに話しておくことにした。
「昨日からずっと、疲れが取れなくて」
「ああ、今朝も起きるのは遅かったな。他に体調に影響はないのか? 肩の怪我は?」
「うん、精霊が治してくれてるから、かなり楽になってる。撃ち合ったスパイの顔が、私と同じジャポニオ民国出身の人たちと近い気がしたから、疲れてるのはそれが原因かもしれない」
「共和国のスパイがか、珍しいな。だが無茶はするな。俺も、『閻魔』が壊滅状態で、少々参っているからな。今日のところはチーズクッキーでも買って帰ろう、好きだっただろう?」
襲ってくる睡魔が、瞼を押し下げようと藻掻き始める。
「ありがとう、お父さん」
それだけ伝えて、彼女は再び目を閉じた。
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