第三話-6
「それじゃあここまでの情報を整理しようか。ようやく、ってところだけどねーぇ」
当面の活動拠点に到着し、軽く休憩したところで、岩倉が荷物の中から資料を取り出した。
「まず今回の任務の発端は、キミが『恵比寿』を捕まえたことだ」
「なんか嫌だな自分の仕事が自分の仕事増やしたの……」
冬雪がいきなりがっくりと肩を落とした。
「二等工作員『七星』の手に余っていた『恵比寿』の捜査を、『幻影』が協力することで終わらせた。ただし問題は、『恵比寿』の捜査が『恵比寿』一人で完結していなかったことだ」
「あれだけ動ける奴が、組織にとってはただの便利屋だなんて、誰も思いませんでしたからね。確かに『恵比寿』は、共和国では誰も殺しませんでしたけども」
冬雪もあまり違和感は持っていなかった。そもそも工作員は、横の繋がりが希薄すぎるあまり、人の仕事を手伝うときでも、何が理由でその仕事が発生しているのか、知らないことがほとんどだ。
これは機密情報を取り扱う工作員はこういうものだ、という常識によるもので、「それやらなきゃだめですか」と渋っていちいち事情を説明させる、冬雪の方が本来は工作員としておかしいのである。
「ともかく便利屋の『恵比寿』が拘禁されたことで、『般若』は道具を手に入れるのに手間取り、また出国の手段を失って、共和国内で孤立した。そこに連邦のスパイ、『黒羽』として潜入していた『黒死蝶』がつけこんだ」
「ヘインツ・ベイルハースト左院議員の暗殺の際、万が一に備えて護衛をしろ、その役目が済んだら密航業者のもとに行け、みたいなことを言ったんでしたか。仔細は違ったかもしれませんが」
「それでうちの夫婦があそこまで苦戦するとはねーぇ。『能面』のコードネーム持ちは、底の知れない組織のなかでも精鋭中の精鋭、それが対外情報局の精鋭と手を組んだら、さすがに厳しかったか」
冬雪が参戦すれば今少し被害を減らせたかもしれないが、彼はトパロウルに、逃走者が出た場合に追跡し拘禁するために待機しろ、と命じられていたのだ。
実際『般若』が連邦大使館の車で逃走したが、あれだって冬雪が動いていれば防げたのではないか、と冬雪は考えてしまう。だがそれは結果論というもので、他に共犯者がいた可能性を考えれば、トパロウルの判断が正しかったのだ。それが理性では分かっていたからこそ、冬雪も命令を無視して動かなかったのである。
(それはそれとして、大使館の『ソル』は海に落ちたわけだけど、あの後どうなったんだろうな、外交的には。水面下で外務省が相当頑張った、とは聞いたけど)
それでなくともカーチェイスの末、高速道路の一部を破壊し、民間の輸送車を巻き込んでいるのだ。あれこそどう頑張っても隠蔽できないだろうと冬雪は覚悟したのに、翌日以降、どれだけ新聞やラジオに注意を払っても、高速道路で大規模な事故があった、というニュースは流れなかった。彼は共和国の防諜網に、秘かに戦慄したものだ。
「そんなわけで『般若』を冬雪君が拘禁したわけで、『恵比寿』と一緒に全部吐かせた結果、『黒羽』が連邦のスパイ『黒死蝶』だと発覚したわけだ。でも『黒死蝶』はベイルハースト邸横の河に転落して、しばらくは行方不明。連邦にいた協力者がたまたま上陸した『黒死蝶』を見つけなければ、今も行方不明だったかもね」
なお『黒死蝶』を見かけた協力者は、特別情報庁にこの旨を報告した翌日、連絡を絶って消息不明になっている。特別情報庁の見方では、恐らく『黒死蝶』か対外情報局に気付かれ、処分されたのではないか、ということだ。
その後は帝共合同暗殺任務が猛スピードで構築され、スパイチームが派遣されたものの、一月末に『氷山』が全滅、『影法師』が二名残して全員死亡。『閻魔』も深手を負ったのでここで痛み分けとして退けば良いものを、特別情報庁も強情なもので、『黒死蝶』を何としても殺したい、とばかりに冬雪たちを送り込んだ。
その割に気になるのが、冬雪と岩倉しか連邦に送らなかったことだ。『黒死蝶』を確実に殺したいのであれば、極端な話、『幻影』を丸ごと連邦に投げ込んでも良かったのだ。それが現実はどうか。冬雪は現在、ボスとも弟子とも別れ、同僚と二人で赤道を渡っている。
「まったく、なんて仕事だよ」
とにかく早く仕事を片付けて帰りたい。この仕事は冬雪が特別情報庁にいる理由と関係ないし、魔道具の研究もしたい。何より、娘に長期間会えないのが辛い。しかし国家公務員の彼は命令に逆らえず、今はただ、憮然として嘆息しながら次の手立てを考えるほかなかった。
……ベッドに倒れてから、冬雪は今更なことを指摘した。
「まさか、ここでもあなたと同室じゃありませんよね?」
「その方が嬉しかったかい?」
「そんなわけないでしょう、逆ですよ。けどそれならどうしてこの部屋、ベッドが二つあるんだ? っていうか地味に生活感あるし。連邦に潜入中の他のスパイが泊まってるのかな」
「そんなことをするくらいなら、上は私とキミを同室にするんじゃない?」
「心底嫌だけどそうでしょうね。じゃあ本当になんなんだこれ、今回の任務、よく分からないことが多すぎるな」
同じマンションの別の部屋をあてがわれているという岩倉が退室すると、冬雪は疑問を感じながらも荷解きをし、精霊に見張りをさせて昼寝をした。部屋を調べなかったのは、仮に部屋を共有する誰かがいたとして、その誰かのプライバシーを無自覚に暴かないための配慮である。
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