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第三話-5

「すみません、スポッターは潰したんですが、『黒死蝶』は始末できませんでしたよ」


 ビルを降りて岩倉と合流し、冬雪は再度マーキュリーの運転席に乗り込んだ。


「へえ、狙撃手は『黒死蝶』だったんだ」


「狙撃の技術から見ても、容貌から見ても、まあ間違いないでしょう。なかなかやりますね、彼女。こっちに気付いて撃ってくるまで、五秒くらいでしたし。あと、魔法能力もあるみたいで」


「連邦のスパイなのに?」


「連邦のスパイなのに」


 実際に被害はなかったが、『黒死蝶』の撃った弾丸に呪術魔法が仕掛けられていたことに冬雪は気付いていた。単なる金属製の弾丸ではなく、奇妙なエネルギーが含まれているのを検知したのだ。牽制の弾にはなかったし、二発目からは結界に衝突した瞬間に消えたので、詳しくは判定できなかったが。


「あれ、もしかしたら連邦ではかなり上位なのでは? 多分共和国や帝国のスパイとも魔法で渡り合えますよ」


「キミにそこまで言わせるとはねーぇ。でも『閻魔』の所属ではないんだね」


「まあ、ずっと特別情報庁に潜ってましたし。ちょっと寄り道しますよ、スポッターの死体、確認しておきたいので」


 先刻まで『黒死蝶』がいたビルの屋上に登ると、男性の死体が側頭部から出血して倒れていた。それを見ると、「おっと」と岩倉が声を上げ、資料を漁り始める。


「どうかしました?」


「ちょっと待ってね。……ああ、やっぱりこれ、『鳴釜』だよ」


「『鳴釜』っていうと、あの?」


『海木竜』や『黒死蝶』など、他の先進国家連邦の工作員とは違うコードネームに、冬雪の眉が跳ねた。


「そう、『閻魔』の占い師。これで『閻魔』の工作員は、共和国が知る限り、残り二人になったねーぇ」


「確か閻魔は、頭領の『天狗』、占い師の『鳴釜』、その他『煉獄』『土蜘蛛』『九尾』が知られていて、『土蜘蛛』と『九尾』は先の帝共合同暗殺作戦で『氷山』や『影法師』と交戦し死亡、『鳴釜』がここにいるとなると、残りは『天狗』と『煉獄』ですか」


 実際には、『煉獄』が『能面』にどさくさ紛れに殺されているので、残っているのは『天狗』一人なのだが、対外情報庁が全力で秘匿しているため、彼らの知るところではない。


「さてと、この死体どうしよう。放っておいても大丈夫ですかね?」


「多分、大丈夫だとは思うけど。警察が見つけても、対外情報局はすぐ知るだろうし、そうなったら諜報機関同士の問題だ」


「なら一旦、どこかで情報を整理しましょう。鉄道降りてから気が休まらないな、まったく」


 冬雪たちがビルを離れ、マーキュリーが走り去る姿を、『黒死蝶』は照準器のレンズ越しに静かに見つめていた。彼女は優秀なスパイであり狙撃手だったが、感情を持ち合わせる一人の人間でもある。『閻魔』構成員の相次ぐ死亡は、図らずも、彼女の決断と能力を削いでいた。


 マーキュリーは照準器の視界で捕らえている。だからそれが何だというのか。スポッターがいても死角から狙撃され、結果として肩を撃たれた。ボルトアクションをしているときでなければ、頭を撃たれていたかもしれない。


 結局、『黒死蝶』は引き金を引かなかった。怪我をした肩では、対物狙撃銃の重い反動を受け止めきることはできない。


 まあいいだろう、ヘテロクロミアの狙撃手に、呪いを仕掛けるのには成功したのだ。彼は恐らく共和国から来たスパイ、魔法を失えば戦力としては大きく不利になる。このまま連邦が全力で彼等から姿を隠し、時間を稼ぐだけで、連邦の工作員は、共和国から彼らを削ることができる。


 ──勝てはしなかった。しかしまだ、負けてもいない。


『呪風』と『黒死蝶』、二名の敵対する工作員は、この時点では互いに、そう考えていた。

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