第二話-7
絶えず周囲を探知していた冬雪がそれに気付いたのは、午前三時頃だった。廊下を動く不審な人物が冬雪に捕捉され、冬雪は客室入口の鍵を確認する。内側からはつまみを回転することで鍵がかかるが、外から操作する鍵穴も存在する。ピッキングをすれば、開けることも可能かもしれない。
冬雪はまず、鍵穴の内側を目立たない程度に氷を詰め込んだ。ピッキングツールが中に突っ込めない状態だ。暗い廊下で外から見ても見えないだろうが、明らかに浅いことは分かるはずだ。
(来たな……)
不審な人物の反応は二人分、その片方が針金のようなものを鍵穴に挿し込み、すぐに何かおかしいと気付く。
(そうだ、そこで諦めろ。静かに侵入するのは無理だぞ)
岩倉はまだ起こさない。起こした方がいいのかもしれないが、侵入を諦め、立ち去るのであれば、冬雪としては深追いをするつもりはない。ここで拘束してみてもいいのだが、なにしろ翌朝には国際線の船に乗らなくてはならないから、あまり遊んでいる余裕はないのだ。
(でも、そういう方向にも運ばないか、仕方ない)
冬雪は、岩倉にも脳に魔力を流し込むという強引な方法で彼女を起こし、不審者が扉の前で侵入を試みている旨を指文字で伝えた。そして冬雪は鍵穴の氷を取り除くと、自分のベッドに沈んで目を閉じる。
やがて鍵を開けた二人の人間が、足音すらなくベッドに歩み寄る。そして静かに刃物を取り出し、同時に振り下ろそうとしたところで──突如、扉の鍵が閉まった。
「……あ?」「……は?」
不審者改め侵入者たちが間抜けな声で扉を振り返った瞬間、冬雪と岩倉は同時に跳び起き、それぞれのベッドの横にいる侵入者を一瞬で組み伏せた。骨の折れる音が聞こえたが、そんなことは些事だ。
「「誰の差し金だ?」」
腕や首を押さえつけ、尋問。二度も部屋が狙われたとなれば、最早偶然無差別では片付けられない。目的は冬雪と岩倉だ。
「お前をここに寄越した奴は何者だ?」
侵入者は答えない。答えないというか、答えられないのだ。
「何も知らないみたいだね、どうする?」
「痛めつけて記憶を奪って送り返すか、あるいはこのまま適当な国防機関に引き取らせるか……。どっちがいいですかね?」
「わざわざ捕まえてもね、収容人数も無限じゃないんだし」
「……返しておくか」
同時に頭蓋骨が殴られる音が響き、昏倒する侵入者に冬雪が作った液体を飲ませる。死なない程度の量を飲ませたが、これはこれで、失明程度の後遺症が残るかもしれない。
木精。アルコールの中でももっとも単純な構造を持つ物質で、酒精と違い、致死性の強い物質だ。粗悪な密造酒などに混入し、最悪の場合死亡する事故が、未だ共和国でも年に数件ほど報告されている。
(間違って吸い込んだらボクも危ないが、問題ない。自分の作る毒は、分解する呪触媒を予め作って機能させている)
木精を飲んだ侵入者を、冬雪は転移魔術でホテルの屋上に放り出す。これでようやく、落ち着いて休めそうだ。
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