第三話-3
ギルキリア市中央公園。スチュワート兄妹と幽灘が遊ぶのを見ながら、冬雪はある人物に、交渉を持ちかけていた。
「それで私に、冬雪家の巡回をしろと? 言うまでもないけど私の任務は……」
「イヴリーネの討伐。それは充分理解している。そのうえで頼む」
彼が選んだのは、クリスだった。彼女ならば冬雪の事情を多少は知っているし、利害を一致させることができる。傍付きだったラザムと違い、クリスは冬雪の頼みを無条件に呑む理由はない。あるのはあくまで協力関係なのであって、主従関係などではない。
「私はあんたの協力者じゃないんだけど?」
「いや、特別情報庁の工作員としてじゃなく、子を案じる一人の市民として頼んでいるつもりなんだが」
スペシャリストとは、特別情報庁所属の工作員を表す隠語の一つだ。
「それに、あんたにとっても悪い話じゃないはずだ。この頼みを引き受けて幽灘とより距離を詰めることができれば、あんたも情報収集をしやすくなるだろう。それだけでは不充分だというなら、俺が以前作り上げた悪魔殺しの魔法陣、それを教えてやってもいい。こいつは報酬後払いにさせてもらうがな。今の天使が知っているのは、ラザムが作ったやつだろう? こっちはそれの改良版だ」
「気前がいいのね」
「交渉だからな。それなりの見返りを示さなくては話にならんだろう」
一呼吸おいて、ベルリンブルーの双眸が、血と毒紫のヘテロクロミアを見据えた。
「その魔法陣、性能は確かなんでしょうね」
「去年の、パトリックを葬った実績で保証しよう」
「そう。約束は守ってもらうわ」
「交渉成立だな」
そうして、冬雪家の安寧はひとまず約束された。ようやく、任務の本格的な準備に入れる。
本格的な準備とは言ったが、魔道具屋を閉めてしまえばギルキリアの自宅で行うことはあまりない。することがあるのはギルキリアではなく──アルレーヌ。
冬雪が使う武器だが、彼は普段、これらを持ち歩いていることはほとんどない。戦闘時に最も多く使うのは体内の魔力を使用する銀魔力だし、素早く武器を手に取って突発的な攻撃に対処する、という事態は滅多にないのだ。現物として武器が必要になるにしても、国道での防諜任務のように、用意するだけの充分な時間がある。
ではそれらの武器を、彼はどこに収納しているのか。『幻想郷』で取り出して見せたように、武器そのものはすぐ手元に用意できる。これは武器の構造や材質を覚えているため瞬時に作成できる、だとか、実は彼専用の亜空間ポケットが存在し、そこから武器を出し入れできる、などという話ではない。セキュリティ的にはそれができれば最もいいのだが、武器の収納方法に使うには少々大袈裟だ。
冬雪の武器は、現在はある場所に設置された倉庫にまとめて保管されており、そこに精密に計算された転移魔術を使用してアクセスすることで、武器を出し入れするのだ。
この方法自体は西洋魔術連合帝国において、既に理論としては一世紀前には考案されたことのあるものだ。だが当時は転移魔術の仕組み自体解明されていなかったし、現在でもその魔術の難解さから、一般化された技術とは言えない。工作員の間では転移魔術そのものは比較的知られてはいるが、一般的には特定の地点同士を接続するので限界であり、そもそも魔法陣を調べれば転移先は特定されるため、やはり使い勝手のいい魔術とは言えない。
それらの課題をすべてクリアしたのは、恐らく冬雪だけだろう。彼は転移魔術を応用し、携帯電話のように使える通信魔術の開発に成功している。この技術を一部応用すれば居場所を変えても武器庫へのアクセスは容易になり、また無意味で緻密な魔法陣を同時に複数重ねて展開することで本命の魔法陣の解析を極端に困難にしている。
これらができる魔法陣を魔道具に刻み、普段から持ち歩く装飾品に加工することで、彼は歩く武器庫と化す。彼が選んだのは指輪だ。そして魔道具の起動に必要な魔法力の流入は、呪容体を付与することで彼にしか使用できなくなる。鍵のようなもので、他にない特定の組み合わせの呪容体がないと魔法力を流入させられないのだ。
歩かない武器庫があるのは、共和国北部メルトナ州アルレーヌ大森林、ホルーン水源湖の畔にある屋敷の中だった。
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