第二話-4
移動二日目、冬雪と岩倉は、セリプウォンド埠頭発スヴィール国際港行きの鉄道に乗車した。左手には荷物を詰めた車輪付き鞄、右手には元軍人向けの軽食。冬雪はセリプウォンドでの任務の際にも食べたものだ。
芋の粉から生地を作り、肉や野菜を包んで焼く料理だ。ある程度栄養バランスが整っている食事で、味も悪くない。冬雪が任務の際に買ったのはホテルの朝食を逃したためだが、今回は逆だ。遅くなったのではなく、時間が早すぎてホテルで朝食を摂る時間がなかったのだ。
列車が駅を出るのは早朝六時、前日列車が駅に着いたのは日付も変わろうかという頃だ。到着後ホテルに直行し、ほとんど眠る時間もなく、早朝に動き出す。ただ列車に乗っているだけでも、かなりの疲労になる。
冬雪も岩倉も、仕事次第では徹夜もする人間だ。二人とも身体の構造上、一徹二徹くらいですぐにパフォーマンスを大きく落とすということはないが、しんどいものは充分しんどい。結局、黙々と軽食を胃に押し込むと、まず岩倉が、しばらく耐えて冬雪が、次々に意識を手放した。
目を覚ましたのは、昼頃に巡回のある車掌の切符確認の際である。客室の扉が叩かれ、冬雪が脳に大量の魔力を流し込んで強制的に覚醒させる。特有の頭痛を感じながら扉を開け、今のこの時間、とんでもない無防備状態だったな、と反省。二人分の切符を差し出し、確認作業を済ませる。
切符の確認が終わり、冬雪が客室の扉を閉めた頃、ようやく岩倉が目を覚ました。
「ウェンディ、今何時だい?」
「……普段どんな生活してるんです?」
「ああ、なんだ冬雪君か。そろそろ交代の時間だーぁね」
「どんな夢見てたんだこの人」
何かの見張りでもしていたのだろうか。確かに二人とも同時に意識を手放していたのはどうかと思うが、少なくとも今のところ、手荷物に不足はない。今度は眠るのは一人ずつにするべきか、と考えながら冬雪が欠伸をすると、妙に暗い車窓の外に視線を移した。
「ああ、トンネルか。そういえばセリプウォンドとスヴィールの間は、山が多いからな」
軽く窓を開けてみると、冷たく湿った空気が轟音と共に流れ込んできた。トンネルの内壁で列車の走行音が反響し、なかなかの音量である。空気の湿り気、というか水蒸気が入り込んでくるのは、列車の動力が、半魔導式水冷のエンジンだからだろう。
半魔導式水冷エンジンは、先述の通り、冬雪のフレイルにも搭載されている動力だ。マナを蓄積したマナ水晶の粒子を水に混ぜた液体を燃料として使い、エンジンでマナ水晶を刺激すると、急速に膨張し、水を気化させる。マナ水晶自体は非水溶性の物質だが、非常に細かい粒子とし、常に攪拌し続けることで燃料の状態を維持できる。
マナを放出したマナ水晶の粒子はエンジン内部に蓄積され、回収すると再利用できる特性を持つ。環境に放出されることはほとんどなく、排気に含むのも水蒸気がほとんどだ。言い換えれば第二世界空間の内燃機関のようなものなのだが、温室効果ガスが発生しないエネルギーとして、現代日本に持ち込まれれば重宝されるかもしれない。
なお昨年の五月に冬雪はギルキリア市内の大学を訪れており、研究途上の魔道機関を観察している。開発にはまだ時間がかかるだろうが、実用化されれば、現在の半魔導式水冷エンジンをほとんど駆逐するのではないか、と彼は評価していた。
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