第二話-3
ギルキリア中央発、セリプウォンド埠頭行きの鉄道は、急行専用の線路を走り、途中で燃料を補給するため以外には全ての駅を飛ばして走行する。その回数は昼と夜の計二回、停車中は乗客が乗り降りできるが、それ以外の時間は車窓の景色が目にも留まらぬ速さで飛んでいく。
高架化線路上への人や動物の立ち入りを防止し、遠慮なく加速する鉄道の最高速度は時速約一〇〇ヘラレイア。冬雪の愛車『フレイル』など、自動車にも使われている水冷魔導式の動力が、高速運転を可能にする。
この高速鉄道が開通したのは、神暦五九八五年、現在から一〇年以内のことだ。それまではせいぜい半分程度の速度しか出ない鉄道が、都市ごととはいえほぼ各駅停車のように停車する列車に乗るしかなかったため、大陸を横断しての移動には、それだけで片道三日かかることも珍しくなかった。
「いやあ、便利な時代になったものだーぁよ」
とは、実際に三日かけて大陸最西端の土地に出張した経験のない岩倉の言である。彼女が共和国に来た頃には、既にこの高速鉄道が開通していたのだ。何を長老のようなことを言っているのか、と冬雪は白い目で見たのだが、この状況があと一四時間続くのがしんどいところだ。
高速鉄道の車内には、客室がある。四人まで入れる個室に冬雪は岩倉と二人詰め、セリプウォンド埠頭で列車を降りるまでこのままだ。四ヶ月前の任務は一人旅だったから良かったものの、二人旅は動きが制限されて気が重い。
「そういえば、キミは去年、スヴィールでも任務やってなかったかい? そのときはどうやって移動したのかな」
「転移魔術の許可が下りてましたよ、あのときは。今回はなんでだめなんですかね。せめて同じ場所まで転移魔術で行かせてくれたら楽なんだけどな」
「移動時間が極端に短いと、キミの娘に転移魔術のことが知られるからじゃないかーぁな」
「娘は転移魔術の存在くらい知ってますよ? そもそもどうやって、日本から共和国に来たと思ってるんです」
「うーん、キミのその認識は、上の考えと違うんだろうなあ」
この世界において、転移魔術は一般的ではない。諜報機関では稀に活用されるし、国際魔術師連合協会や魔術関係の学会などでは認知されているが、応用にはほとんど至らない。理由は単純で、原理が詳しく解析されていないためだ。そもそも転移魔術自体が複雑な構造をしており、能力的にも扱える人材が限られている。
それを次々に応用法を編み出している冬雪は、学会などから見たら異常な存在だろう。冬雪とて転移魔術の仕組みの完全な解析に成功したわけではないが、転移元と転移先の座標の決定法に規則性を発見したため、例えば携帯可能な通信魔術を開発することができた。これは彼が、特別情報庁に入る前から、考案を始めていたものである。
とはいえ魔法の発展と応用には負の側面も伴う。転移魔術も悪用法がいくらでも思いつく技術だし、冬雪も任務中、盗聴に使用したことがある。これはあくまでも工作員だから咎がなかったのであって、例えば民間人に盗聴技術が広まることがあれば、企業や個人の情報漏洩や、ストーカー被害のようなものが出かねない。
「まあ、帰ったら幽灘にも、あまり転移魔術の話は外でしないように言っておく必要があるかな……」
退屈な鉄道旅は、もう間もなく一日目を終えようとしている。
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