第一話-3
『氷河』と『アヌビス』が会談している頃、先進国家連邦唯一のスパイチーム『閻魔』は、帝共合同暗殺作戦の存在に気付き始めていた。真っ先に察知したのは、『鳴釜』というコードネームの男だ。連邦全土に巨大で精密な情報網を持つ彼の耳に、『氷山』と『影法師』のスパイが入国した、という情報が入ったのだ。
「『黒死蝶』が帰ってきたばかりで、偶然であるはずがないな」
『閻魔』の頭領『天狗』がスパイマスターの『ぬらりひょん』と面会し、報告すると、『ぬらりひょん』は傍らに立つ手負いの女性を一瞥して尋ねた。
「『氷山』と『影法師』の目的は?」
「不明だ、『鳴釜』でもまだ掴めていない。許可さえあれば、『閻魔』総出で探りにかかるが」
そこで、『天狗』の持つ携帯電話が鳴った。彼は短い電話に出ると、部下の報告を聴く。そして電話を切ると、先刻の発言を訂正した。
「『鳴釜』の報告だ、奴らの目的が判明した」
「それは?」
「『黒死蝶』の暗殺だ」
女性がびくりと肩を跳ねさせ、顔を顰めて包帯の巻かれた肩を睨んだ。彼女こそ、昨年末まで特別情報庁に潜入していた『黒羽』、対外情報局の『黒死蝶』。肩を負傷しているのは、脱出直前に交戦した際、防諜員に鉄杭を打ち込まれたためである。
「取り逃がしたスパイを追って、両国の精鋭を送り込んで来るか。共和国は分かるが、帝国の狙いは何だ?」
「皇帝弑逆の真犯人を処分することだろう」
皇帝弑逆。神暦五九八九年のフリードリヒ五世暗殺。裏で操ったのは『黒死蝶』である。共和国から脱出する際、一時的に手を組んでいた『般若』が特別情報庁に捕まったことで、これが露呈したのだろう。
目的を同じくする『氷山』と『影法師』が同時に入国したということは、彼らが手を組んでいる可能性がある。特別情報庁と国防情報庁の最高戦力が攻めてきたとなれば、対外情報局ものんびりと構えているわけにはいかない。下手をすれば、連邦の防諜網がついでに蹂躙される恐れがある。
「『天狗』に命ずる」
『ぬらりひょん』は決断した。
「『閻魔』の戦力をもって、『氷山』と『影法師』の脅威を退けよ」
「『黒死蝶』も連れて行っても? 狙撃に関して彼女以上の適任はない」
「認める。何を賭しても我が国の防諜網を守れ」
「はっ」
と言って『黒死蝶』を連れ出したものの、『天狗』の狙いは『黒死蝶』の狙撃の才だけではなかった。対外情報局の本部を出て駐車場に着くと、『天狗』は愛車のルーフを軽く叩いて言った。
「帰るぞ。母さんが、お前を待ってる」
『閻魔』と『黒死蝶』の関係は、同じ対外情報局に所属する同胞というだけに留まらない。『黒死蝶』はかつては連邦に潜入していたスパイが誘拐してきた子供で、帰れなくなったために一時『閻魔』が保護したのだ。以降、『黒死蝶』は対外情報局のスパイとなるべく諜報学校に入り、実際にスパイとして活動を始めた。
その育ての親が、『閻魔』の女性スパイ、コードネーム『九尾』である。
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