第三話-2
長期間に及ぶ潜入任務となれば、魔道具屋をしばらく閉めなくてはならなくなる。冬雪がまず行わなくてはならないのは、魔道具屋を長期間閉めておくための口実を探すことだった。
私立探偵である岩倉ならば、適当に出張でもでっち上げればいいのだ。岩倉探偵事務所には他の探偵はいないし、同居する家族もいない。対して冬雪は個人事業主の魔道具屋であるから出張など普通はないし、冬雪が特別情報庁の三等工作員だと知らずに同居する家族もいる。
存在しない理由のでっち上げ──実は冬雪が、それなりに苦手とするものだった。
散々悩んだ挙句、冬雪は、「アルレーヌで魔石を集める。当面残りを気にせず済むような量を仕入れに行く」という言い訳を作り、魔道具屋を閉めることにした。
これはあながち嘘八百というわけでもない。事実として、魔道具に使用する魔石類の在庫は少々心もとなくなっている。そろそろ補充が必要な頃合いだ。その気になれば、全自動で生産できるのだが。
「ところで幽灘、学校で困っていることは何かあるか?」
それはそうと、たまには保護者としての会話も必要だ。初等学校編入から三週間、問題があれば、見えてくる時期ではないだろうか。
「困ってることはないかな。クラスのみんなとも仲良くなれたし」
「それならいい。何かあったらいつでも言うんだよ」
危惧していたことはいくつかあった。共和国では一般的に、家名は名前の後にくる形、第一世界空間で言えば西洋型の表し方をする。対して元日本人の冬雪家は東洋型──家名の後に名前が付く形だ。些細なことだが、名前からいじめが起きるという可能性もなくはない。三週間経ってそれがないということであれば、ひとまず安心と見て良さそうだ。初等学校で使う教材の購入などは大体済ませてあるので、そちらも問題ない。
唯一の気掛かりは、魔道具屋を留守にすることだった。誰もいない時間が増えるため侵入者の心配があるのは無論のこと、日中は幽灘を一人で自宅にいさせることになる。時折休めはするかもしれないが、これまで通り帰宅すれば冬雪がいる、という状況にはできない。契約精霊や防犯のための魔道具などを配置するなどして安全管理は行うが、人の目がないというのはそれだけで不安要素になる。
(ボクが留守にする間、魔道具屋を見る誰かがいればいいんだが)
もっとも安心してそれを任せられるのは、言うまでもなく零火だ。現在の冬雪の状況をよく理解しており幽灘の実の姉であるから、知らない人間が勝手に上がり込んでいる、などという事態になる心配もない。
だが零火に頼むのは難しいだろう、と冬雪は考える。現在の時期は六月初頭、共和国では年度末であり、少しすれば初等学校は年度末休暇になるが、日本の夏季休暇はまだ先である。
共和国にもこのようなことを頼める相手が必要だ──工作員ではなく一人の保護者として、切実に願う。転居して日も浅く、近所付き合いも短いので、あまり頼めそうな相手に心当たりがない。
冬雪は現在の幽灘と同じくらいの年齢で父親を亡くし、その後は母親一人に育てられていたが、このような場面で片親の苦悩を知ることになるとは想像もしていなかった。日本では母方の祖母が細川家に定期的に訪れていたが、それすら今は望めそうにない。
幽灘と充分以上の面識があり、留守を任せられるほどの信頼があり、なおかつある程度こちらの事情を理解している大人が、誰かいないものか──一人、いた。
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