第一話-1 帝共合同暗殺作戦
先進国家連邦諜報機関、対外情報局。ここに所属するとある工作員が、精霊自由都市共和国群諜報機関、特別情報庁に潜入していた。特別情報庁でのコードネームは『黒羽』、階級は単独での活動を認められる二等工作員。対外情報局では『黒死蝶』。
現在から約五年前の神暦五九八九年五月二〇日、西洋魔術連合帝国では、世界中を混乱に陥れる事件が発生した。
皇帝フリードリヒ・フォン・ミアスディマント五世の弑逆である。
第一皇女のメイーナ・フォン・ミアスディマントを狙った犯行だったが、狙撃は再三狙いを外し、即位三〇年式典で登壇していたフリードリヒ五世と、当時の筆頭宮廷魔術師であったローランド・フォン・アスカニエル伯爵を巻き込み、皇帝と皇族と大貴族を殺害した。
警察と憲兵に加え、帝国の諜報機関保安省国防情報庁が一斉に動いたため、この事件の実行犯は一時間で特定され、逮捕された。問題はその後だ。実行犯の青年は、首謀者が他にいる、と主張したのだ。これが事実なら大問題である。
真偽が明らかになるまで、フリードリヒ五世の崩御に伴い即位したアルフレッド・フォン・ミアスディマントは、まず実行犯を極刑にしようとする臣下たちを制止せねばならなかった。このとき既に存在が確認されていた先進国家連邦の暗殺者組織『能面』にも疑いの目は向いたが、普段の犯行声明がなかったため、可能性は低いと考えられている。
事実として、この件に関しては『能面』は全くの無実であった。実行犯の青年に魔導系軽火器の狙撃銃を与え、射撃技術を鍛え、暗殺を実行させた真犯人は別にいた。それが、『黒羽』として帝国に潜入した当時一五歳のスパイ、『黒死蝶』である。
五年程度かかってようやくこの事実を突き止めた帝国の国防情報庁は、即座にこれを皇帝アルフレッドに報告。アルフレッドは国防情報庁に対し勅命を発し、暗殺の真犯人である『黒死蝶』を暗殺せよ、と命じた。
また時を同じくして、共和国の特別情報庁も、『黒死蝶』なるスパイが特別情報庁に潜り込んでいることを突き止めた。『黒羽』という対連邦専門の戦闘員が、共和国の左院議員ヘインツ・ベイルハーストを殺害。共犯として拘禁された『能面』の戦闘員『般若』が、拷問の末、『黒羽』を先進国家連邦のスパイだと吐いた。
勅命の件を拾い上げた特別情報庁がこの二件をを首相に報告すると、首相のフェルディナン・ウィルキンスは急遽、アルフレッドと秘密裏に電話会談を実施する。その結果、特別情報庁と国防情報庁は、今回の件に限り、それぞれ精鋭のスパイチームを連邦に派遣し、共同で『黒死蝶』の暗殺に当たらせることで合意した。
──帝共合同暗殺作戦。そう名付けられたこの計画は両国の首脳が実行機関を定め、協議は官僚レベルの問題に変わった。
国防情報庁人事戦略部部長『トート』、特別情報庁前線統括部部長『撃鉄』。両者の協議は一週間を要し、共和国からは『氷山』を、帝国からは『影法師』を、連邦に派遣することを決定。いずれも諜報機関で最高の実力を持つチームだ。任務の成功率は驚異の九九・九九パーセント。彼らに任せておけば間違いはない、と言われるスパイチーム。
共和国も帝国も、国の顔に泥を塗られたのである。出し惜しみはしていられない、という考えで、両国の元首から指示が下っていた。
かくして、『氷山』と『影法師』が先進国家連邦に向けて出立する。神暦五九九四年一月九日、『般若』の拘禁から一一日のことである。
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