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【新章開幕】魔道具屋になりたかったスパイの報告  作者: 春井涼(中口徹)
【if】全員魔法学園に放り込んだと仮定して。
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【if】全員魔法学園に放り込んだと仮定して。-18

 鳳は龍神の乱心を抑えり、という言葉は、王国中に知られている有名な故事に基づく成語だが、実はこれには続きがある。


 鳳は龍神の乱心を抑えり、民草神の夜泣きを知らず。雲の上の存在が雲の上でいがみ合っていたところで、下界の人間には、ただ夜中に雨が降ったとしか認識できない、という意味だ。


 何事もなかったかのように冬雪が出店巡りに戻ると、魔道具研究部の営業を終えた零火が彼を見つけて駆け寄ってきた。そして抗議した。


「夏生先輩、どこに行ってたんですか! 一回もこっちに来てくれないとまでは思いませんでしたよ」


「すまんすまん、あんなの(・・・・)が紛れ込んで来るなら、店にいればよかったな」


 膨れる零火の頬を指で突いて萎ませながら冬雪が謝ると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「あんなのって、先輩なんで、うちに迷惑客が来たこと知ってるんです?」


「うん? まあそれは、魔道具研究部の店には多少気を配っていたからな。本気でまずいことになれば手を貸そうかとは思っていたんだ。でもあの程度の相手、雪女の君なら問題なく制圧できると信じていたからね」


「むう、調子いいんだから。行きましょう、そろそろシンディ先輩も戻ってきますよ」


 零火は顔を背けると、冬雪の腕に自分の腕を巻き付かせて歩き始めた。歩きづらくはないのだろうか、と疑問には思ったが、自由にさせておく。彼女が自分に向ける想いを、冬雪は知らないわけではないのだ。


 なぜこんなろくでなしに、とか、もう少しましな男に出会わなかったのだろうか、とか、思うところは色々ある。だがそれが彼女の想いを否定する理由にはならない。応えられずとも、多少希望に沿ってやることはできるのだ。


 そしてその際、その光景を金髪サイドテールの同級生に見られたら何が起きるのか、想定しておかねばならないことも、この日冬雪は学習した。集会場から出てきた彼女は、冬雪たちを見つけると、深刻な表情で彼を手招きしたのだ。セレモニーで何かあったのか、と話を聴きに行き、すぐに後悔した。


「おめーも隅に置けねーな」


 あまりにもどうでもいい内容に冬雪が即座に踵を返そうとすると、シンディは彼の肩を掴んで引き留めた。


「まあ待て待て、あーしと夏生くんの仲だ、王様からのとっておきの提案を聴かせてやろう」


「いらん。そもそもなぜあんたが王様から直々に何かの提案を受けることになるんだ」


「え? それはだって、会場でやらかそうとした風紀委員会の一人をあーしが即制圧したからだけど」


「本当に、なんであんたは魔術科にいるんだ……? 精霊科に入ればよかっただろう、実技主席も夢じゃないぞそれ」


「耳に胼胝ができるほど聞いた」


「ボクも舌に胼胝ができるほど言った」


「舌に胼胝ができたらそれは口内炎だろ」


「うるせえ、ボクも言いながらなんか変だとは思ったよ」


 無論、精霊術魔法に長けたシンディが、なぜ魔術科に入ったのか、その理由も冬雪は何度も聞いている。それはこうだ。


「もう知ってる話聞いたって、何も面白くないじゃん。それなら知らないこと勉強した方が楽しいに決まってるじゃん。たとえそれで、落第寸前を低空飛行してもね」


 そう言うと、冬雪は決まってこう返すのだ。


「それで本当に低空飛行をする奴があるか、芝刈りのキャメロン」


 とはいえ、シンディが風紀委員一名を制圧したという情報は大きな問題だ。制圧した行為が、ではなく、そのような状況が発生したという事実が、である。


 不審者がどうやって警備を突破したのかと思っていたが、内通者がいたようだ。これはヴェルニッケもただでは済むまい。風紀委員会と魔道具研究部の確執も、今後より悪化が懸念される。そのくせに恐らく今後、ヴェルニッケは冬雪だけでなく、零火にも不良生徒鎮圧の手伝いを求めてくるのだろう。


 どれだけ面の皮が厚いのか、とも思うが、今のうちに零火には、それを強制する校則が存在しないこと、すなわち断ったところで成績や素行評価に何ら影響はないこと、ただしヴェルニッケの心象だけは悪くなることを教えておくべきかもしれない。


「まったく、セレモニーが終わっても忙しいことだな」


「そんなことを言っている割に、夏生先輩、嫌そうな顔してませんよ」


「冗談じゃない、これが先を思いやらずにいられるものか。今すぐにでも投げだしたい気分だよ」


「それなら、投げだせないようにあーしが押さえておこうか。ほら、これで逃げられないね」


「離れろ、キャメロン」


「シンディって呼んでくれないと離れないよ」


「いいえ、離れてもらいますよシンディ先輩。それは私の役目です」


「零火、あまりこの女に触発されるな」


「いいんです。とにかく夏生先輩は、逃がしませんからね」


「……はあ、騒がしい一年になりそうだな、これからは」


 事後処理に奔走する生徒会や、近衛騎士団と連携して侵入者の処分を検討する風紀委員会を眺めながら、冬雪は深く息を吐く。しかし残念ながら、この溜息が今後を憂えているものでないことは、どうやら否定できそうにない。


 冬雪夏生の学園生活は、まだ一年続いていく。

※続きません。

おかしいな、月初に投稿し始めたのに、もう月末が見えて来たぞ。今回のifはこれで終わりです。明日から本編に戻ります。よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。

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