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第二話-6

「道理でこちらを観察する視線が険しかったわけだ。ボクが天使を殺したと疑っていたとは心外だな、クリーシス」


 路地を調べたさらに翌日の夕方、ギルキリア市中央公園。放課後の幽灘と遊んでいたスチュワート兄妹が帰った後、冬雪は幽灘も先に家に帰し、子どもたちに混じっていたクリスを前に、彼は推測をぶつけた。


「天使たちが何を目的にギルキリアに派遣されていたのかは知らん。だが消息不明となった天使について、ボクは一切の干渉をしていない」


「それを信用する根拠は?」


「天使を殺すだけなら、ボクはあんな痕跡は残さん。死体も残らない天使など証拠を出さずに消せる。現に今、あんたは自分に呪術魔法でマーカーをされていることに気付いていないだろう。その気になればいつでも殺せたぞ、クリス」


 冬雪が指さして見せた右腕を、クリスは驚いて凝視した。当然ながら、その白肌には何も浮かんでは見えない。彼女の魔力を調べる能力でも発見は困難だろう。


 冬雪が呪術魔法で作成したマーカー、呪容体(じゅようたい)。呪術魔法は本来物質に吸着しやすいだけの魔法力であり、それ自体は何ら無害な存在だ。呪容体は主に、冬雪が非視覚的に個人を識別したり、特定の相手だけに呪術魔法を付与しやすくするために使うものだ。毒性が皆無であるだけでなく、その存在感すらそこにあると意識しなければ発見できないほど薄い。


 呪容体とは、生物の体内に存在する受容体を参考に作られた仕組み──生物工学の分野で言う、いわゆる生物模倣(バイオミメティクス)だ。生物の持つ受容体が特定の神経伝達物質のみを受け取るように、冬雪の呪容体は冬雪が付けた特定の形式の呪術魔法しか受け取らず、与えたくない相手には呪術魔法の影響が出ないように決められる。


 その呪容体を気付かないうちに付与されていた──。それは生殺与奪の全権を、冬雪に静かに握られていたということである。実は、冬雪はこれまでに冬雪として友好的な関係を築いたほぼ全員に、呪容体を付与している。呪容体にもいくつかの種類があり、味方に付与する呪容体と敵である可能性のある相手に付与する呪容体では、その種類が異なる。クリスに付与したのは後者の呪容体だ。


「そういうわけだから、ボクが天使を殺すならあんな痕跡は残さない。証拠が残っているのがボクがこの件について無実である証拠だ。天使を殺す理由はない。そのうえで、あんたにもう一度訊く」


 受容体を敵用から味方用のものに変えながらクリスに訊く。今なら本来の目的を聞き出せるかもしれない。そう期待してのことだ。


 果たして、その期待は認められた。


「今から約一年前、二人の天使が第二世界空間に派遣された」


 クリスはゆっくりと語り始める。


「二人の天使はある堕天使を探し出すために派遣された。ルシャルカは第一世界空間にいることが分かっていたから、そっちは別の天使たちが担当だった。一年前に派遣された二人が探していたのは、別の堕天使」


「その堕天使の名は」


「イヴリーネよ」


 堕天使、と聞いた時点で予想できた名に、冬雪は驚かない。ルシャルカは他でもない、冬雪が抹殺した堕天使だ。それを探す理由は、もうない。


「二人の天使は、しばらくは進捗なしの報告を定期的に魔王様に上げていたわ。でもそれが、二ヶ月前に突然途絶えた。消息不明になった天使の代わりに、今度は三人の天使が派遣された。でも彼女たちもまた、一週間前に連絡を絶った」


「それが、あの路地の痕跡か。三人の天使は恐らく……」


「消されたのでしょうね、イヴリーネか、配下の誰かに」


「あの魔力の使い方は、恐らく堕天使本人ではないな。魔力残渣には覚えがある。ルシャルカの麾下、パトリックが使った魔導爆弾が似たような魔力残渣を残していた。恐らく余裕のなくなった中級悪魔がやったことだろう」


「その可能性は高いでしょうね」


 クリスは、そこで一息つき、言った。


「天使が五人も消された以上、もう天使だけには任せておけないと魔王様は判断した。私の目的はあなたと同じ(・・・・・・)、イヴリーネを抹殺することよ」


 話を聴く中で、少しずつ予測できていたことだ。それを聴くと、冬雪は頷いた。


「それならボクたちは、お互い敵の敵というわけだ。今後イヴリーネが倒れるまで、情報は共有することにしよう。生憎と、今はまだ特別情報庁でも何の手掛かりも掴めてないが、イヴリーネの麾下にも中級悪魔がいる可能性が明らかになった。情報を掴める可能性は高い」


「そうね、イヴリーネを追う者同士、手を組みましょう」


 疑惑が解けたことに、冬雪は秘かに安堵した。正直なところ、彼でも大天使を相手に本気で戦闘になった際、勝てる見込みは完全ではないと考えていたのだ。それを回避できたことに、彼は胸をなでおろした。


 敵の敵は味方、という構図は、必ずしも長続きする保証はない。だが、それでいい。利害が一致する限り、敵の敵とは協力関係が成り立つのだ。目的を達成するまでは、それで充分だった。

次回第三話、潜入捜査です。よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。

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