おまけ
神暦五九九四年に年が変わってひと月した頃、冬雪は魔術師協会の封筒で送られてきた手紙を読み、アルレーヌ大森林にある屋敷で一人、頭を抱えていた。
「ふざけんなよ……噓だろう?」
頭を抱えていた、というよりも、手紙を読み返しては悪態をついていた。高校が入学試験で休みのため、共和国に来ていた零火は、そんな彼を不思議そうに眺めている。そんな彼女に気付き、冬雪は手紙を置いて顔を上げた。
「どうやら来月はほとんど、君とは会えそうにないよ」
普段どんなに冬雪が忙しくとも、ギルキリア市かアルレーヌにいれば帰ってくるため、全く会えないなどということはない。実際、冬雪がシャロン邸に潜入していたときも、スヴィール市に派遣されたときも、セリプウォンド市に派遣されたときも、長期間自宅を空けるようなことはなかったのだ。
それが、一ヶ月丸ごと会えなくなる、という。話が出てくるにしても急すぎるし、会えない期間が長すぎる。珍しいどころか、零火が彼と面識を持ってからの二年間でも、初めてのことだ。寂しいというか、色々と心配だ。
「一体、どうしたんですか? 今度は共和国で何かしでかしたとか……?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないし、君がボクをどう評価しているのかとても気になる言い方だけど……まあ、とにかくそういう話じゃないんだ」
あたかも日本では何かやらかしたような言い方に冬雪は引っかかりを覚えたが、まるきり事実無根ではないし、何より自分で心当たりもあるので、あまり強く反論することもできない。そんな本題から外れそうな話よりも、まずは今回の事情について話さなければならないところだ。
「まず一ヶ月会えないというのは、君に限ったことじゃない。これは言い方が悪かったな、日本で暮らしている君は無論のこと、共和国に住んでいる大抵の人も会えなくなる」
「というと、外国でのお仕事ということですか」
「物分かりがいいなあ。そうなんだ、来月は連邦に行け、という、とんでもない仕事の命令が来たんだよ。ボクが共和国に家庭があるってこと、上が知らないはずはないんだけどな」
それこそが、冬雪を唸らせる手紙の内容だった。魔術師協会の封筒に偽装しているのは、特別情報庁からの手紙だと思われると、途中で何者かに奪取される恐れがあるためだ。魔道具屋に届いた封筒を見て、まさか免許維持費の納入を間違えたか、と焦ったことまで、冬雪は零火には話さない。
「それで、お仕事っていうと?」
「先進国家連邦の諜報機関、対外情報局に所属する、とある工作員を処分しろ、って」
「……それ、夏生さんが行かなきゃいけないんですか?」
「なんか、ボクくらいの能力じゃないとやばいらしい」
「やばいんですか……」
詳細は後日、『幻想郷』でトパロウルから伝えられるだろうが、文面から察するに、特別情報庁側も相当混乱しているようだ。どうも情勢がおかしいと思ってはいたが、こうも早く火の粉が降りかかるとまでは、冬雪は予測していなかった。
「幽灘にはこんなこと言えるはずがないから、魔術師協会の派遣仕事だって説明しないとなあ……はあ、幽灘とも会えなくなるのか。さっさと仕事が片付けばいいけど、一ヶ月かかるかもしれないって言われると、多分難しいんだろうなあ。幽灘の預け先とかどうしよう……」
ソファでぼやく冬雪の隣に零火は座り、黙って両腕を彼の身体に回した。物騒で血生臭そうな仕事については、わざわざ言及しない。彼が特別情報庁に入った時点で、零火は冬雪が綺麗な手で退役できるとは思っていなかった。それでも彼を好きでい続けると決めたのだ、今更制止するのでは、覚悟が足りない。
「だから、今のうちに」
今のうちに、冬雪をしっかりと抱きしめておく。帰ってくる頃には手が血に汚れているかもしれない。もしかしたら、無事に帰って来れないかもしれない。だから、今だけは。
「でも、できるなら、無事に帰ってきてくださいね」
「ボクを誰だと思っているんだ。当たり前だろう、そんなこと」
冬雪もしっかりと零火の華奢な身体を抱きしめる。彼女は自覚していないようだが、小刻みに震えているようだ。これまで長い期間会えなかったことはないし、僅かながら不安もあるのだろう。こんなことでそれが解消できるとは思えないが、冬雪は零火が離れるまで、彼女をしっかりと抱きとめていた。
第二章もお付き合いいただきありがとうございました。第三章の開始は……すいません、またちょっと時間ください。頑張ってプロット作ってるので、八月頭には出せるようにしますので! あとTwitterでは呟いたんですが強めの幻覚を見ましたので、合間にまた挟んでいこうと思います。どうかブックマークはそのままに!
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