第八話-3
通信魔術の呼びかけに応じると、通信に映ったのはトパロウルではなく、一人の少女だった。駐車場で暇つぶしに付き合わせたルイの姉だ。
「ウェンディか。どうした、今手が離せないんだが」
「先生、今どのあたりにいらっしゃいますか」
「ギルキリア市中央環状線、港北から港東の間だ」
「それなら、敵が向かっているのは、水晶港かもしれません」
『能面』絡みでまた水晶港か、と冬雪は舌打ちした。水晶港といえば、数ヶ月前、『恵比寿』というコードネームの男と交戦し拘禁した場所だ。それがウェンディとルイが『幻影』に加入することになった一件の顛末であり、『能面』の暗殺者が最初に公機関に逮捕された例である。
「でも、どうして水晶港なんだ?」
タイヤの悲鳴、エンジンの唸り、風の嘲笑。総じて、騒音。それらが邪魔をするため、冬雪の声も大きくならざるを得ない。
「特別情報庁の情報提供によれば、水晶港の国際線に隠れて、密航船が出入りしているんです。敵が『能面』の人間であれば、目的を果たして特別情報庁に発見された今、一刻も早く連邦に出国しようとっするのではないか、とボスが」
「一理あるな。だとすれば奴は、次の出口で環状線を降り、どこかでボクを撒く必要があるが」
もっとも、撒かれたところで現在地は余裕で追跡できるのだが、撒かれるつもりは毛頭ない。できるだけ早く止めたいところだが、ここで停止されては、交通障害を起こしてしまう。
物流にも大きな影響が出る。セリプウォンド市やギルキリア市規模になるともはや軽くテロだ。特別情報庁としては、何としても避けなければならない。だとすれば、ここは敢えて、ソルを高速道路から逃がした方がいいのかもしれない。高架の上は、逃げ場がないのだ。
さて、どう出るか──。結果としては、通信が切られた直後、冬雪の想定外の行動が行われた。
ソルが加速する。冬雪のフレイルの前で、ソルは左車線の輸送車と並走。急に速度を落としてどうしたのか、と訝る冬雪の前で、ソルが輸送車に幅寄せ、接触、そのまま車体を左に押し付けて、高架道路の壁を破壊する。
「……は?」
冬雪が口角を引き攣らせてフレイルを減速させる。
「おいおい、平成のカーアクション映画でもそこまでしねえよ。何やってんだ」
もう一度述べるが、ソルは先進国家連邦大使館の公用車である。おいそれと破壊していいものではないし、だからこそ、冬雪は拳銃を撃てなかったのだ。それがどうか。『能面』は暗殺者組織であって、連邦の公機関ではない。大使館の車だろうと知ったことではない、という話なのかもしれないが、まさかこうも雑に扱われるとは。
コンクリートが砕け散る派手な音がして、輸送車を道連れにソルが高架下に転落する。運転席の視界からは瞬く間にフェードアウトして、居場所を知らせるのは発信機の光点のみ。
その瞬間、冬雪は悟った。
(あ、これ国家権力でも隠し通すのは無理だ)
どうせ壊れるならやはりあのとき撃っておくべきだったか、と冬雪は後悔しかけたが、撃てばやはり国家間問題だ。正解は、魔術でどうにかして何とかする、だったかもしれない。だが反省は後だ。どんなに遅くとも、共和国の排他的経済水域を出られる前に、何としても拘禁しなければならない。
「追跡は機能してるんだ、どうあっても逃がすかよ」
港東出口で、冬雪のフレイルはギルキリア市環状線を降りる。発信機を頼りに、車は水晶港へ進路を取った。
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