第八話-2
追跡魔術の光点が、魔法陣の中心に近付いてきた。すなわち、冬雪の現在地と、追跡対象の現在地が接近しているのだ。
「このままの速度だと、あと五秒でこちらの流れに合流……お、来た来た」
先進国家連邦の自動車会社、エルステラ社の高級車『ソル』。漆黒の車体に銀色のラインが入り、車両後部が大きく、流線型の鼻先とフロントガラスを持つ、大柄なセダン。
同じ黒のセダンタイプでも、直線的で小柄な冬雪のフレイルとは、印象がかなり違う。トランスミッション方式も、フレイルと同じマニュアルではなく、連邦で主流なオートマチックだ。
「さて、我が国の要人を殺した人間をみすみす逃がすわけにはいかないんだ」
冬雪はフレイルをソルの右に並べ、助手席の窓を開放。武器庫から自動拳銃を取り出し、運転席の女に照準を定める。
「──止まれ」
さすがに仮面を外した運転席の女は、銃口を一瞥すると、鉄扇を広げて顔を隠し、ソルの速度を上げる。
冬雪としては撃ってもいいのだが、仮にも他国の大使館の高級車である。階級の低い工作員一人の一存で、中で人が死に、しかも硝子を破ったとなれば、国家間問題になりかねない。そう考えると撃てないのだ。敵もそれが分かっているのだろう。だから無視したのだ。
かといって、易々と逃すつもりはない。冬雪もフレイルの速度を上げ、ソルとの距離を詰めていく。
突如、ソルが速度を落とし、側道に飛び込んだ。現在のフレイルの速度は、同じ地点をソルが通過したときよりも速い。側道に飛び込んだソルは、冬雪の目からも、すぐに速度を戻したのが見えた。
「さすが、でかい図体を支えているだけあって、パワーが段違いだな」
感心しつつ、冬雪もフレイルのギアを下げ、エンジンブレーキで速度を落とし、ハンドルを一気に回す。ソルやヴァルモーテで同じことをすれば、その質量故に強力な慣性が働き、地面とタイヤの摩擦が維持できず制御を失うだろう。
「だが、小回りはこちらの方が格段に上だ」
フレイルの駆動輪は、悲鳴を上げながらも冬雪のハンドル捌きによって制御を保ち、摩擦による白煙を上げながら速度を戻す。ソルに比べれば小柄なフレイルは、質量が小さく、慣性の影響を押さえることができる。
「こっちは特別情報庁に鍛えられているんだ、そう簡単に逃れられると思うなよ」
フレイルの円形の目が、ソルを真っ直ぐに見据える。その愛らしい目つきの愛車の運転席で、愛車とは似ても似つかない獰猛な目つきで、冬雪が前車の線形の尾灯を睨む。アクセルがさらに強く踏み込まれ、フレイルの排気筒が火花を吐き、エンジンが唸りを上げて回転が加速する。
二台の車は、港湾沿いの高架道路を疾走していた。ベルフィ湾を横目に眺められる高速道路。夜になると運送業の車両が増加し、国際線の船舶に積み込んだり荷下ろししたりする輸送車が、忙しなく行き来する。その隙間を縫うように、ソルとフレイルが追い越していく。
後でどうにか工作が必要だな、と冬雪はぼんやり考えた。それ以上に、これだけの交通量では、民間人に被害が出かねない。どうにかして安全に止めなければならない。
そもそも『般若』の女が乗るソルはどこへ向かっているのか。冬雪が疑問を抱いた頃、狭い車間で巧みなハンドル捌きを披露する彼に、『幻想郷』から通信が届いた。
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