第七話-2
大学事務員のヴェルナー、通訳者のアーニャ。表向きは以上の肩書で生活する夫妻は、会場に潜入すると、まずは他の参加者の顔と名前を照会した。招待客の一覧は事前に特別情報庁が入手し、全て頭に叩き込んでいる。
主催のヘインツ・ベイルハースト左院議員、息子のヴァネバー・ベイルハースト区議会議員。帝国大使ヘルムート・ボッシュ、連邦大使ヤン・ピョートル。大手造船会社社長ミハイル・フォン・ディークマイヤー、息子のフロップ・トーマ・フォン・ディークマイヤー。旧シャロン財閥会長令嬢フレデリカ・シャロン、専属メイドのルナ・アルテミエフ。
政財界の大物が多数。無論共和国の首相や官僚なども参加しており、その人数は、一〇〇を優に超える。
「フレデリカ・シャロンがここにいるのは意外だな」
ヴェルナーが、目立つ金髪の女性を指してそう感想を述べた。フレデリカ・シャロンは旧シャロン財閥の会長令嬢である。父親のアデラール・シャロンを冬雪が拘禁したことを契機に、その立場を離れたはずの身だ。現在は旧シャロン財閥の元子会社を運営しているが、社交の場に顔を出したという情報はない。
財閥解体の折には共和国内の財界に巨大な影響を及ぼし、『幻想郷』で後の情報を聞いた冬雪が頭を抱えていたものだが、そこでフレデリカは、このような場からも姿を消したはずだったのだ。しかも財閥解体と同時に婚約を解消した、フロップ・トーマ・フォン・ディークマイヤーの参加するこの会に参加するとは、ヴェルナーもアーニャも予想外だった。
同じことを他の参加者も思ったようで、特にディークマイヤー造船の関係者には、令息の元婚約者であるだけに、気が気でない。
「久しいですな、フレデリカさん。もうこのような場でお会いすることはないかと思いましたよ」
「こちらこそ、ご無沙汰しておりますわ、ミハイル社長。私としても参加するつもりはなかったのですが、年の瀬の今夜で最後にしようと思いまして」
「それでは、今回はフレデリカさんもベイルハースト議員の支援を?」
「ええ、といいましても、皆様ほど多額ではありませんわ。民主党には父の懇意の方もいましたので、ささやかながら」
どうも他に目的がありそうだが、それを誰かに伝えるつもりはないようだ。特別情報庁としては気になる部分ではある。とはいえ今日の本題はここではないので、勝手に探りを入れるのは慎むべきだろう。
「さて、ここからどう動くべきか」
「まずは参加者として、主催者には挨拶しておくべきね」
「ああ、まずは護衛対象を確認しなければな」
ヴェルナーとアーニャは連れ立って、ヘインツ・ベイルハーストのもとに歩いた。途中、給仕の者から酒のグラスを受け取り、それぞれ片手に携えて、中央のテーブルの脇に立つ杖を突いた老人に声をかける。
「ヘインツ先生」
アーニャの声で、老人がグラスを置いて振り返る。既に酒が入っているようで、杖があっても足をふらつかせ、ヴァネバーに支えられていた。
「父さん、頼むからこういう場で酒は控えるようにしてくださいと何度も」
「ああ、そうだったかな」
ヴァネバーは現在のところ、国の議会には参加していない。ギルキリア市中央区の区議会議員の席にいるのだが、政治家としても息子としても、苦労しているようだ。彼は父親を椅子に座らせると、盛大にため息をついた。
「父がすみません、酒を控えるように医者が言っても、これだけは抵抗が激しく……」
「仕方ありません、ヘインツ先生は以前から、お酒が好きでしたから」
きりが悪すぎますが、こうでもしないと文字数の調整がつかず……。
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