第六話-1 麻薬
「店主、これなに?」
幽灘が拾ったのは、一通の封筒だった。早いもので季節は移ろい、日本からはほぼなくなったに等しい秋を堪能するも虚しく、風は無慈悲にも冷たく冬の到来を告げる。魔道具屋のテーブルに置いていたはずだが、どうやら風が吹き込んだ際に飛ばされ、床に落ちてしまったらしい。
「国際魔術師連合協会から届いた、『魔術師免許維持費納入のお知らせ』だな。大事なやつだ」
「夏生さん、そんな大事な手紙をなんで無造作に置いておくんですか……」
魔道具屋の奥から出てきた零火が、呆れたように幽灘の手元にある封筒を見ている。年末のこの頃に送られてくるこの郵便だが、今年は魔道具屋には一週間ほど前に到着した。
「まあ見られて困るようなものではないし、もう一通り読んで必要な書類は抜いたからね。振込用紙やらなにやら、そういうものは別の場所に保管してあるよ」
「本当だ、この封筒、口が開いてる」
「見てもいいよ、特に面白いものはないけど」
初等学校からも、「後期教材費納入のお願い」が来ていたな、と思いながら、冬雪は居住区域の戸締りをした。これから出かけるのだ。無論幽灘や零火を置いていくわけもなく、今日は三人での外出となる。日本の高校に通う零火も、既に冬休みに入ったのだ。
封筒を飛ばした冷風の吹き込む窓を、幽灘が閉める。零火がハンドバッグの中身を確かめるのを横目に、冬雪も己の身に付けた魔道具を確かめつつ、幽灘に車の鍵を渡して行った。
「先に車に行って、車内を温めておいてくれるかい? ボクたちもすぐ行くから」
先に幽灘を店から出したのには理由がある。冬雪は、左手首に取り付けられた通信魔道具を起動し、別の通信機に接続した。ベージュ色のワンピースを着た零火が下げる、胸元のペンダント。夏季に体温の上昇を抑えるため冷気を放出するこの魔道具だが、現在はもう一つ、効果が付与されている。
「あ、何か来た」
零火がペンダントを持ち上げ、新たに増えたボタンを押す。すると彼女の目の前に複雑な魔法陣が浮かび上がり、冬雪の顔が映った。反対に、冬雪の前にも魔法陣が浮かび上がっており、こちらには零火の顔が映っている。彼女の魔道具にも、通信機能を搭載したのだ。
「よし、問題なく動いているな。そっちからも通信できるか?」
一度魔法陣を消し、零火が再度、ボタンを押す。すると冬雪の腕輪が発熱し、起動すると浮かび上がった魔法陣に零火が映った。
「大丈夫そうです。これ、本当にすごいですね。日本にいても届くんですよね?」
「ああ、第一世界空間と第二世界空間を跨ぐ転移魔術も組み込んであるからな。おかげでボクと君の通信機だけ構造が複雑化してマナの消費量も増えてしまったけど、まあ何かあったときには有用だ。……頼むからあまり無意味に使わないでくれよ」
「分かってますよ、夏生さんに会いたくなったら、自分で共和国に来ますから。でも、たまには夏生さんが日本に来てくれてもいいんですよ?」
「それができないことは、今までに何度も説明しただろうに」
冬雪は、原則的に日本に帰ることはない。技術的には可能だが、とにかく厄介な事情があるので、あまり姿は晒したくないし、長居も禁物なのだ。だからこそ、零火が高頻度で共和国に来ているのである。
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