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第五話-8

 クリスに一日休まされ回復した後の冬雪は、元通りに食事をし、研究を再開した。


 それからは早かった。冬雪とクリスは、既に屋敷で試験利用されている魔術を参考にして、イヤドリオオミミズだけを殺せる魔術を作成した。次に二人は、イヤドリオオミミズの組織を分解する魔術に昇華した。最後に、冬雪がそれらを呪術化させ、自己増殖能力を強化、その全ての過程で野生動物を使用した動物実験を行い、安全性も確認した。


 冬雪が回復してから実用レベルの呪術が完成するまで、動物実験の結果を待つ時間を含めて一週間で済んだ。アネッタがアルレーヌに遊びに来てからおよそ一ヶ月、研究の開始からは三週間。たったそれだけの時間で、冬雪とクリスは、連邦がばら撒いた生物兵器を制圧する力を確立したのだ。とんでもない偉業と言うべきであった。


「それで、これはどうやって散布するの?」


「ボスにも同じことを訊かれたよ」


「そうでしょうね」


「まあどうやってもいいんだけど、水源に突っ込んだ方が早いかな? あるいは、アルレーヌの何箇所かで花火みたいに打ち上げて、爆発の力で最初から広域に散らすか」


 花火は花火で面倒だなあ、と自動車のエンジンブレーキのような唸り声を上げていた冬雪だったが、唐突にぴたりと唸るのをやめた。どちらの方法も同時に行えるかもしれない、「画期的なアイデア」を思いついたのだ。


「雨でも降らそうか」


「……は?」


 共和国の北部にも無論人は住んでいるが、アルレーヌ周辺は人口密集地域も軍事施設もないため、天気予報が大雑把になりやすい。その大雑把であてにならない天気予報によれば、アルレーヌ周辺で次に雨が降るのは一週間程度先のことになるらしい。


 共和国でも、人工降雨の技術は開発が進められている。だがそれはあくまでも軍事利用を想定したものであり、第一まだ机上の空論の域を出ていない。ではどうすればいいのか──冬雪の魔術書に、その答えはある。


 第一章、天球戯(てんきゅうぎ)。先日の迷宮攻略では、「星の煌めき」が石像の突破などに使用された。だが本来これは気象や雲の動きなどに連動させて使用する魔術であり、エネルギー使用量が多い代わりにその出力も至上のものである。


「というわけでちょっと派手にやるから、クリスは屋敷の中に隠れていてくれ。怖いなら布団に包まってもいいぞ」


「あんたには、私が何歳の子どもに見えているわけ?」


「まあ冗談はさておき、多分危ないから屋内にいてくれた方が安心かな。窓を割ることはないと思うけど……」


「竜巻でも起こすつもり?」


「近いかも」


「近いの?」


 さすがに警戒したクリスが屋敷の中に入り、戸締りをしたのを確認すると、冬雪はバルコニーに立って武器庫から魔術書を取り出し、ページを捲って第一章を開く。


招雲(まねきぐも)


 屋敷の真上に巨大で精緻な魔法陣が描かれ、天に向かって巨大な光の柱が立った。光はある一定の高度に達すると四方八方に拡散し、上空の気流を捻じ曲げ、雲をかき集めて人口の広大な黒雲を生成。前線のない場所に突如出現するこの雲の名を、冬雪は知らない。招雲は魔術の名前である。


 黒雲の発生を確認すると、冬雪は完成した呪術を保持したマナ水晶を取り出し、中の呪術を手元に精製した氷塊に移し替えた。この呪術は水にのみ吸着し、自己複製する。氷に移ったことで呪術は複製を開始、その様子はさながら、冷凍庫から取り出され培地に移された細菌のようだ。


 充分に複製された呪術の乗った氷塊を、冬雪は転移魔術で黒雲の中に放り込み、粉砕する。雲は水の集合体だ。呪術は自己複製を繰り返し、やがて黒雲全体に分布する。


大滝(おおたき)


 黒雲を作ったものとは別の巨大な魔法陣が展開し、無数の光が雲に照射された。大滝の発動は、これで終了だ。魔術書を武器庫に収納すると、冬雪もバルコニーから屋敷に入った。


「何も起きないわね?」


「そりゃあ天気を操っているわけだからな、多少時間はかかるよ。招雲と大滝の合わせ技だと、雨粒の落下する終端速度は大体四・五レイア(九メートル)毎秒、雲から地表まで水滴が到達するには……まあでも一〇分弱か。まあ元々、大滝は敵の動きに支障を与えるために作ったから早い方がいいんだけど」


 でも零火の吹雪は即効性があったな、と思い出しながら、冬雪は雨の降り始めるのを待った。突然アルレーヌの広範囲が土砂降りになったため、翌日トパロウルには報告を求められたが、この雨によってイヤドリオオミミズを殺し分解する呪術が、アルレーヌ全域を浄化した。

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