第五話-5
アネッタは、ギルキリア市国立病院に入院した。詳細不明の寄生虫に感染しているのだ、何事もないのが最善だが、何かあっても即座に対応できるだけの用意は必要だろう。現在は点滴でエネルギー源と水分を補給しながら、外科手術による寄生虫除去(大きすぎて抗生剤は効きそうにないのだ)を検討している、という。
冬雪は、医師からの連絡でその事実を把握した。彼は病院には行かない。向かう先は、『幻想郷』である。屋敷に保管していた寄生虫を持って車を走らせ、電話交換所の地下にある地下室にエレベーターで降りる。
「……そこまでします?」
執務室には、『幻影』に所属する工作員全員が集まっていた。トパロウルやウェンディ、ルイはほぼ常時『幻想郷』にいるが、その他の三等工作員──冬雪を含め、岩倉やアーニャ・イルムガード・アイスナーとヴェルナー・アイスナー──も集合している。
これだけの人数が集まり、執務室がパンクしそうなほど密集するのは、直近では『能面』の任務以来だった。
「そいつが、お前さんの発見した寄生虫か」
冬雪の持ち込んだ水槽と手元の書類を、トパロウルが見比べた。冬雪は前日のうちに、寄生虫の存在自体はトパロウルに報告し、特別情報庁に情報がないか問い合わせるよう頼んでおいたのだ。結果は、どうやらこの通りである。冬雪は他の工作員にも、アルレーヌで発見したものを簡単に説明した。
「そういう経緯で捕獲したのがこいつでして……」
水槽をテーブルの上に置き、トパロウルから書類を受け取る。連邦に送り込んだ諜報員からの報告を、特別情報庁がまとめたものだ。添付されている写真と見比べて資料が同じ生物のものだと確認し、冬雪が読み上げていく。
室内に集まった七人は、等しくうんざりした。それもこの書類の内容が、「先進国家連邦対外情報局と陸軍省及び海軍省が開発している生物兵器『イヤドリオオミミズ』と思われる」などというものであれば、仕方なしと言わざるを得ないだろう。
つまりかの国は、生物兵器の混核魔獣『鵺』を複数種放つだけでは飽き足らず、別の生物兵器まで開発し、ばら撒いて行ったことになる。しかも寄生虫は『鵺』と異なり、目立たないし呼び寄せられない。対処は甚だ面倒であった。
ルイが挙手して質問した。
「この生物に寄生されると、どうなるんですか?」
「特別情報庁から取り寄せた資料によると、イヤドリオオミミズは水棲微生物と言って差し支えない大きさで宿主の胃に入り、そこで胃壁に噛みついて血液を吸い、栄養分を横取りして際限なく膨張する。最終的には胃袋にすっぽりと収まる大きさで成長をやめ、子を幽門──胃の出口から腸を通して、宿主の体外へ送り出す。イヤドリオオミミズに寄生された動物は、空腹を感じることなく、食事を摂らなくなり、蓄えた栄養素を使い切って餓死するらしい。……水を媒介にした経口感染か、道理で」
「そうして餓死したのが、アルレーヌの動物たちってことだーぁね」
冬雪が答えると、岩倉がため息をついた。先日まで連邦で任務に当たっていたアーニャが続ける。
「ワタシが連邦に潜入していたとき、ある刑務所で囚人が複数人、餓死した事件があったという情報を拾いました。詳しい情報は、任務に無関係だったので調べませんでしたが……。その後、刑務所は災害級の火災を起こし、更に一〇名以上の囚人が死亡しています。火の手が回ったのは餓死者が出た区域で、看守は逃げ出し、全員無事だったようです」
「オレも大学の事務室で、噂程度には聞いていたが……まさか、連邦の奴らが刑務所を使って人体実験を?」
「可能性はある。対外情報局が実験を終了し、被検体を処分したのかもしれない」
「治療法はないものでしょうか」
ウェンディが言ったので、冬雪は報告書の写しをめくり、対処法の項を読んだ。内容は患者の状態に応じて二種類あり、次の通りである。
対処法一、発見が早期で患者の状態に余裕が見られる場合。この場合は、二級か一級の医療魔術技師が対応可能だ。方法としては患者に局部麻酔をかけた後、銀魔力を食堂経由で胃に進入させ、イヤドリオオミミズの身体に微弱な電流を流して筋肉を弛緩させ、胃壁に食い込んだ歯を抜いてイヤドリオオミミズを摘出する。
問題は発見が遅れた場合だ。対処法二、銀魔力による摘出が難しい場合。この場合は外科手術によって摘出しなければならない。イヤドリオオミミズが摘出時に暴れる可能性もあるため、二級か一級の医療魔術技師が立ち会い、万が一の際は即座に制圧できるように備える必要がある。
冬雪が読み終えると、ウェンディは嫌そうに顔を顰めた。
「楽な治療ではないですね」
「これを全ての動物でやらなければならないのか。どれだけの動物に感染が進んでいるのかは分からないが、骨が折れるな」
「冬雪、何か他の対処法はないのか?」
「この資料に記載されている情報では、さっきの二通りです。アルレーヌにばら撒かれるようなことは、想定されていなかったのでしょうね」
「魔術魔法や呪術魔法を使って、一網打尽にする方法は?」
「正確に言えば、ないこともありませんが……」
僅かに言い淀むと、トパロウルが短く冬雪を呼ぶ。
「冬雪」
「はい」
「最善手を」
「……善処はしますよ」
危険でしかも無茶苦茶だからあんまりやりたくないんだけどな、という彼のぼやきは、音波としては誰の耳にも届かなかった。
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