第四話-14
研究室を三つほど漁り、様々な遺物を掘り出した頃には、冬雪が迷宮に潜ってから既に三時間は経過していた。大部分は研究室を掘り返していた時間であり、危険な任務と言われた割に、緊張を強いられる場面というものはすぐに解消されている。
「迷宮というから未知の敵とか湧いてくるものだと思ったんだけどな。今のところ、敵らしい敵は、あの最初に出てきた石像だけだったな。中に入ったら罠すらないし」
などと冬雪は欠伸をする始末だ。彼が自分で言った通り、そもそもここは軍の秘密基地なのだから、あまり罠を張りすぎても部隊員たちが困るのだろう。忘れ去られたゴーレムが侵入者によって目を覚まし襲いかかる、などという事態もない。結局入るまでが困難なだけだったのだ、と些か拍子抜けのような気分なのだ。
「でも、そうやって油断したときが一番危ないからね」
「まあ、それもそうですねえ」
兵士や将校の寝室などもあったが、こちらは確認だけして終了だ。いくつか白骨化した死体があったのでそれには黙祷を捧げ、特に調べるものもないので先に進む。調理場及び食堂、ここも腐った食料を遠巻きに観察するくらいで通過。浴室、設備が魔道具で稼働するため、意外なことにまだ動く。
「水だけ出てるんじゃなくてかい?」
「いや、ちゃんとお湯ですよ。あ、熱い」
「定期的に整備をしなくても、三〇〇年間その状態が維持されるものなのか」
「本当はとっくに壊れていておかしくないと思うんですけどねえ……何かあるのかな、設備を維持するものが」
思案しながら冬雪が廊下を進んでいくと、今度は小さな講堂のような場所に出た。やはり先には扉があるが、ここは一体、何の場所なのか。
「多目的ホール?」
「会議場みたいなものかもしれないね。あるいは、部隊の集合地点」
「集合し、指令を伝達するような場所が、組織ならば必要だろうしな」
『幻影』にも『幻想郷』があるように、軍であれば無論そういったものが必要になるのだ。目的は分からないが、先があるなら進むべきだろう。冬雪はそう考えて部屋に踏み込んだが、即座に身を翻し、入ったばかりの部屋を飛び出した。直後、一瞬前まで彼のいた場所を正確に狙う光線。
「何かいたみたいですね。部屋に入った瞬間襲われましたよ」
『動く武器庫』から、冬雪は拳銃を取り出した。マナ・リボルバーではない。金色に輝く自動拳銃は、地球で流通するH&K P7をモデルにした小型の拳銃だ。鉛製の三・五ペラレイア弾を使用する独自規格。魔石によって銃身内部で爆発を起こして銃弾を射出する、魔導拳銃にしては一般軽火器寄りの仕組みを持つ。
アルレーヌP22A1という、マナ・リボルバーに比べたらまあまあ味気ない名称のそれを構え、装弾数の確認、プレスチェックを経て銃把を握り込み、グリップ・セイフティを解除。部屋の中をエネルギー探知。
「今度は小さいのが浮いてるな。何だあれ、ドローン?」
「冬雪君、ドローンなんて三〇〇年前のウェヨレ公国には存在しないよ」
「それこそオーパーツじゃないですか。捕まえられないかな、さすがに無理か」
部屋の外、廊下にいる間は攻撃が止んでいる。冬雪は慎重に顔を部屋の中に入れてみるも、すぐに無数の光線に狙われ、ろくに何も見えぬまま顔を引っ込めた。慎重に動いても何もできない。スピードが生命線だ。
冬雪は角から部屋の中に飛び込み、一瞬前までの足元を無数の光線に撃ち抜かれながら疾走、光線を放つ物体が何かを見定め、飛行魔術で跳躍。
追ってくる光線の発生源、それは一〇機ほどの小さな箱だ。否、浮遊砲台とでも呼ぶべきだろうか。それが冬雪のいた宙点を正確に狙い、光線を連射する。
「地下迷宮にありながら、まさか魔術師が派手なガン・アクションを披露することになるとはね」
右手に握った銃把は手放さない。光線の回避と照準を空中で同時に行うという離れ業で、冬雪も引き金を連続で引く。一射、二射、三射、四射、五射、六射、七射、八射で弾切れ、素早く弾倉を引き抜き投げ捨て、武器庫から予備の弾倉を取り出して挿入、遊底を引いて初弾を薬室に送りプレスチェック、セイフティ解除。一射二射三射四射五射六射……以上。
冬雪が飛行魔術を解いて着地し、静寂が戻った部屋には、銃弾で光線の発射口を撃ち抜かれ、床に落下した浮遊砲台の残骸が散乱していた。
「ところでボス、仮にこの迷宮の主が生きていた場合、どうします?」
「殺せ」
「了解」
冬雪は完全に破壊され動力を失った浮遊砲台を一つひり上げると、やはり『幻想郷』に送り込んだ。動作を停止し沈黙したのなら、拾って後で調べてもいいか、という考えである。
よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。