第四話-11
照明が現れてからしばらく進むと、石像の置かれた空間に出た。大きめの──例示するならスチュワート家のような──住宅が一件、丸ごと収まるような広さの空間だ。奥には巨大な扉があり、割れた水晶が扉の上に飾られている。石像は扉の両側に並んでいる形だ。
「変な形の生き物ですね」
とウェンディが述べたように、石像はヒト型を軸としているものの、頭には山羊のような角があり、鼻は豚のようで、口はカモノハシのような嘴があり、手はホムンクルス人形のように大きく膨らんでおり、背中には蝙蝠のような羽が生えている。
ガーゴイル像、という言葉を冬雪は思い浮かべた。地球では、キリスト教会などの屋根に置かれていることのある、醜悪な悪魔の像だ。確かにこの石像は、どれも細部こそ違うものの、先月に見た『鵺』よりも醜悪な混核のようだ。
『鵺』もなかなかに生命倫理を冒涜したような姿だったが、この石像も、それとなかなかいい勝負である。何もしてこないなら無視して進もうか、と冬雪は思ったが、こういうときにこそ、問題は起きるものだ。
「先生、石像が動いてるように見えるんですけど……!?」
「ああ、うん。動くんだね、こいつら」
「呑気に感心してる場合ですか、師匠の方に向かって来てますよ!」
ウェンディとルイが指摘した通り、石像は関節ごとに稼働して自由に動き始める。どうもパーツごとに分かれているらしく、それが何らかの魔法で接合して一個の個体として振舞っているようだ。
それらは立ち上がって台座から床に降り立つと、冬雪の方に向かって走り始めた。総勢、六体。それらが一斉に向かってくる姿は、冬雪にも生物としての恐怖心が存在することを思い出させた。「よく分からないから怖い」というよりは、「単純に気色悪い」という意味での恐怖だったが。
「まあ、壊せば止まるだろう。石像だから、鶴嘴とかがいいかな?」
「師匠はあくまでも冷静なんですね」
銀魔力で鶴嘴を形成すると、冬雪は石像の一体に向かって一気に踏み込み、四レイアはあったはずの距離を一瞬で縮め、その頭部を薙ぐように鶴嘴を振るった。
ところが予想に反し、石像は砕かれず、傷一つなく健在なまま突進してくる。それなりの硬度があったはずの、銀魔力製鶴嘴の方が曲がっているくらいだ。冬雪は急いで後ろに飛ぶが、周りの石像から白色の光線が射出された。見えていたから回避できたものの、見えなかったらさすがに被弾していたかもしれない。
飛行魔術で浮かび上がり、石像たちを俯瞰する。追加で何度か光線が放たれるが、回避だけでは先に進めないので、制圧を目的とした反撃に出ることにした。
「ガーゴイルは悪魔、こいつが効果を発揮すればいいがな……悪魔殺し」
精霊術魔法の詠唱。悪魔殺しは、冬雪が魔力使用者時代に開発し、契約精霊に共有した対悪魔戦闘特化の攻撃だ。見た目は石像が放ってくるのと同じ白色の光線だが、悪魔殺しは対象外の存在には一切の影響がない代わり、悪魔に対しては問答無用で滅ぼす効果を発揮する。
この石像たちが悪魔であれば、悪魔殺しは効果を見せたはずだった。だがそうはならず、そもそも石像は攻撃を受ける際に結界のようなものが現れ、攻撃を弾いてしまう。何度か撃ち続ける間に一度防御をすり抜けて命中したが、やはり石像に傷はない。
「ってことは、悪魔じゃないのか。普通にやるしかないな」
冬雪の指輪が光り、金色に輝く円環が彼の手の先に現れる。『動く武器庫』などと彼が呼ぶ機構だ。彼はその中に手を突っ込み、一冊の本を取り出した。すなわちこの本は彼の武器だ。
頑丈な装丁がされ、ページの一枚一枚に厚みのあるそれば、冬雪がこれまでに開発したものの、何らかの理由(大体無駄に破壊力が高い)で出番の少ない魔術の魔法陣が記された魔術書である。魔法陣は非魔導性物質で作られたページの上に、超魔導銀合金によって書かれ、魔力を流せばそのまま即座に発動が可能だ。
冬雪はその魔術書の、初めの章を開いた。第一章、天球戯。気候の操作や天体の運動を模した、冬雪がこれまでに開発した中でも取り分け強力な出力を持つ魔術魔法の集約された章。大抵は大気や雲と連動させるため、屋内や地下では使用できない。
だが、この中にも例外はあるのだ。
「星の煌き」
雅なその名前とは裏腹に、天球戯に収録されている中でも、極めて強力な魔術。あまりに強力なため、冬雪自身が自分を守らなければ使用に耐えられず自らも消滅する。
発動点から鮮烈な白色光が溢れ、空間を染め上げる。光はあらゆるエネルギーを飲み込み、奪い、さらにそれを熱と光に変えて瞬く間に広まっていく。石像などひとたまりもない。
「……やりすぎたかな」
光が収まると、漆黒の殻に閉じ籠ってやり過ごした冬雪自身は無事だ。しかし跡形もなく蒸発した石像に対して何か思うところがあったのか、さすがに一部が破れかかった結界の床に降り立つと、彼はそんなことを呟いた。
はい、やりすぎです。
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