第四話-10
一〇分ほど直線を歩くと、やがて廊下は直角に折れ曲がっていた。冬雪の放った爆炎は恐らくここで着弾し爆発したはずだが、あれだけの威力であったにもかかわらず、床や壁には一切の痕跡が残っていなかった。
「外部からだけでなく、内部からの損傷も起こさないんだな」
曲がり角の先は廊下が広くなっており、いくらか整備された印象があった。壁には照明機能のある魔道具が等間隔に並んでいるが、手前のいくつかは落下したり、寿命を迎えた蛍光管のように不規則に点滅している。ひびが入っているものもあるし、どうやら壁のように保護されているわけではなさそうだ。さっきの爆発で破損したのだろう。
落下した魔道具の一つを拾い上げ、観察してみる。日本の学校の理科室にある、光学顕微鏡のような大きさだ。照明器具としては、特に巨大な部類ではないだろう。金属製の柄が爆発で引き千切れ、落下の衝撃で粉々に砕けている。
「ルイ、そこにいるか?」
冬雪が通信の向こうに呼びかけてみると、魔法陣の中に銀髪の少年が映り込んだ。彼も『幻想郷』にいたらしい。
「ウェンディも、そこにいるなら、少し手を止めてこいつを見てくれ」
「それは……屋内用の照明器具ですか? 資産家とかの家に付いてる感じの」
「私も資料でしか見たことないけど、意外と大きいんですね」
通信の映像に映した魔道具を見て、姉弟が感想を述べた。
「二人とも、こいつを見て動作原理を推測できるか?」
冬雪が出した問題に、姉弟は揃って唸り声をあげた。
「魔石か何かに魔力を流して光らせるんじゃないんですか?」
「でもルイ、そうなると、魔力の供給源って一体どこにあるの?」
「壁の中に導線が……あれ、でも結界が張ってあるから導線は出せないのか。じゃあ器具の中に魔力を発生させる魔法陣とか入ってるのかな」
「だったら、床に落ちても光り続けそうなものだけど」
「ええ……師匠、答えはどうなってるんですか?」
ところが冬雪の答えも無責任なものだった。
「知らん」
「「は?」」
先刻の唸り声といい、姉弟で息の合った反応に、つい冬雪は笑ってしまった。笑ってから、多少弁明を試みた。
「知らんというか、まだ詳しく調べていないから分からんと言った方が正しいな。最初はボクも、お前たちと同じような推測を立てたんだけどね、どうもそうではないみたいだからね。というかこれ、中に魔石も魔法陣もないんだよ」
魔石は魔法力に反応して特定の作用を示す鉱石類の総称であり、魔導体によって描かれた魔法陣は特定の魔術魔法を保存し繰り返し使用するのに役立つ。主にこれらが魔道具の動く仕組みであり、基本的には魔石か魔法陣が魔道具には使用されている。現代の魔道具技術では、この他の仕組みで作られる魔道具はほとんど存在しない。
これ以外の方法で魔道具を作ろうとすると、現代では呪術魔法を使用するしかない。しかし呪術魔法自体高度な技術であり、主に対人的、特に害意を持って使用されることの多い魔法であるため、魔道具に応用されることは滅多にない。やっている魔道具技師など、冬雪を除けば共和国に一〇人いたら多い方だ。
「なんだけど、呪術魔法でもないっぽいんだよなあ、これ」
「それじゃあ、それって一体どういう仕組みで光ってるんですか?」
「さあ? なんだろうね、後でじっくり調べたいね」
冬雪は通信の魔法陣を複製して操作すると、映像の消えたそこに壊れた照明器具を載せた。照明器具は姿を消し、トパロウルの執務机の上に出現する。
「「「……え?」」」
通信の向こうから、三人の困惑する声が聞こえてくる。冬雪の通信技術は、元は転移魔術を応用して改造したものだ。機能を座標のやり取りと音及び光の波形を転送し合うことに限定し、リアルタイムの通信を実現している。ここから座表計算だけ抜き出して転移魔術に|複製導入《コピー&ペースト》すると、通信先に転移魔術で物を送れるのだ。
「ボス、それ後で調べたいので、とりあえず『幻想郷』で預かってください。そっちに帰ったら、ボクの研究室に引き取りますから」
「あ、ああ、そうか。分かった」
「他にも気になるものがあったら今みたいに送るんで、よろしく頼みます」
あろうことか直属の上司に雑用を押し付けて、冬雪は迷宮を先に進んでいく。
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