第四話-7
翌朝、セリプウォンドにいる特別情報庁の協力者が手配した車に乗り、冬雪はヴェジョールの魔石鉱山に到着した。荷物を持って車から降りると、鉱山の事務所に歩いて向かう。
できればいませんように、と信じてもいない神に祈りつつ中に入ると、彼を出迎えたのは一人の女性──否、まだ少女と呼ぶべき年齢だろう。早速、彼が遭遇したくなかった人物一人目である。信じてもない神を内心で理不尽にも悪罵しつつ、顔には出さない。
冬雪が偽名でシャロン邸に潜入していた際に知り合った、使用人の女性だ。ルナ・アルテミエフ、年齢は一七。赤みがかった茶髪をボブカットにし、メイド服に身を包んでいる。
彼女は冬雪を見て驚いた表情をしていたが、ぺこりと頭を下げた。
「三級魔術師一名を派遣する、とは聞いていましたが、あなただとは思いませんでした」
「お久しぶりですね、ルナさん」
「もうシャロン邸の使用人じゃないんです、言葉遣いは崩してください」
「そういえば、そんなことも言われた気がするなあ……では、久しぶりだね、ルナさん」
「はい、お久しぶりです、ホルトさん。また会えて嬉しいです」
当時の偽名で呼ばれ、冬雪は内心微妙な表情をした。
「ところで、シャロン社長はどこにいるんだ? 仕事の書類を渡したいんだけど」
「フレデリカさまなら……」
「こっちよ」
声のする方を振り返ってみると、事務所の階段から声の主が現れた。事務所には二階があり、彼女はそこから降りてきたところだったのだ。
フレデリカ・シャロン、年齢は二四。ウェーブのかかった金髪の美しい女性で、再会したくなかった人物二人目である。彼女は以前旧シャロン邸で会ったときのドレス姿ではなく、女社長らしいパンツルックのスーツを着用していた。
トパロウルに確認を取り、この二人だけならばれても仕方ない、と言われてはいるがそれはそれとして、偽名がばれたら彼女たちに何を言われるか。今から既に気が重い。
「思ったより早い再会だったわね、グランテール」
「は、は、は……」
ホルト・グランテール。『呪風』そのままのこれが、シャロン邸潜入時に使用した偽名である。二人とも見事に覚えていたようだ。曖昧な笑いが冬雪の口から洩れた。
「鉱山で見つかった迷宮、その解明に派遣される三級魔術師ってあなたのことだったのね。何とかなりそうかしら?」
「ボクが行って、可能性は五分というところですかね。つまりは二分の一の確率で失敗します。そのときはすたこらさっさと逃げ帰ってきますよ」
逃げる余裕があると思っている時点で任務を舐めている、とでもトパロウルが聞けば言ったかもしれない。
冬雪は鞄から紙束を取り出し、フレデリカに渡した。国際魔術師連合協会が冬雪夏生を派遣する──端的に述べればそれだけの内容が記された文書だ。そこには、現場での判断は全て、冬雪三級魔術師に一任する、と明記されている。
そしてこの書類を、冬雪三級魔術師自身の手で、シャロン魔石鉱業株式会社に届ける、とも。
「へえ、冬雪夏生三級魔術師、ね」
(さすがは元財閥会長令嬢、笑顔にしか見えないんだけど感じる圧力が凄まじい)
「あなた、本当はホルト・グランテールなんて名前じゃなく、冬雪夏生という名前だったのね?」
「……一応言い訳しておくと、あれもこちらの仕事だったんですよーぉ」
「はあ、もういいわ。実際は魔道具工房じゃなくて公安外局かどこかの隠密なんでしょう。道理でお父様の拘束、タイミングが良すぎると思ったわ」
(うわあ、そっちまでばれてる)
今はディークマイヤー家の子息と結んでいた婚約を破棄し、財界から身を引いているはずだが、なかなかどうして嗅覚が鋭い。つくづく、敵に回さなくて良かった、と思わされる。
ふと視線を感じて冬雪が背後を振り返ると、アルテミエフが頬を膨らませて冬雪を睨んでいるのが見えた。どうやら彼女は主ほど割り切れず、欺かれていたことに拗ねているようだ。
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