マンションの受付
私の住むマンションの正面玄関にある受付窓口。
昔は管理人が詰めていたであろうそこは、私が入居したときから鍵の掛かったガラス戸とカーテンによって閉じられていた。もちろん、入口ドアも施錠されている。
普段は気にせず素通りするのだが、今日はいつもと様子が違った。
通常ならガラス戸に取り付けられているスライドロックが外されているのだ。
「外れてる・・・」
そう呟くと私は吸い寄せられるように窓口へ近づき、ガラス戸をまじまじと見つめる。
この中ってどうなってるんだろう。
ふとそんな好奇心が目覚め、無意識に伸びた手は小さなガラス戸を開き、その奥のカーテンをめくっていた。
受付窓口に顔を近づけ中を覗くと、手狭な部屋に一つの事務机と、一抱えほどのダンボールが三つとさっぱりとした光景が広がっていた。
「ほー、こうなってたのか・・・」
部屋の内装が予想の範囲内だったため、なんの感情もない言葉を漏らす。
「・・・ん?」
カーテン越しに射し込む、淡く薄暗い太陽光の中で大きめの影が揺らいだ。
その正体を確かめるため、私は体勢を変え影の持ち主が存在するであろう方向に視線を向けた。
「・・・っ!」
そして、私は戦慄し思わず後ろに飛び退き尻もちをついてしまう。
影の正体はこちらに背を向け首を吊っている白髪頭の男だったのだ。
「え・・・いや、ど・・・」
「どうしました?大丈夫ですか?」
完全にパニクっている私に誰かが横から問い掛ける。
反射的に横を向くとスーツを着た中年男性が心配そうな顔をして立っている。
「く、首吊り!・・・受付の奥で誰かが首吊って死んでる!」
つばを飲み込みながら窓口を指さし、必死に状況を伝えた。
「え!?」
それを聞いた男性はギョッとし、ポケットからジャラジャラと鍵束を出すと小走りで受付の入口へ向かった。
曲がり角の奥から解錠とドアを開ける音が聞こえる。
私は立ち上がり呆然と角を見ていると、数分で男性が首を傾げながら戻って来た。
「何もありませんでしたね。」
「いや、そんな筈は・・・確かに見たんです。白髪頭でベージュのズボンと茶色いセーターを着た人が後ろを向いてぶら下がってました。」
何もないと言い放った男性に、私は記憶に焼きついてしまった光景を捲し立てる。
すると、男性は掠れ声混じりの息を吐きながらバツの悪い顔をした。
「・・・このことに関しては忘れた方がいいです。」
「なにか知ってるんですか?」
「あー、いや・・・なんと言えばいいか・・・」
渋い顔のまま男性は語り出した。
「自分が勤めてる管理会社で噂になってるんですが・・・昔、そこの管理人室で当時の管理人が自殺したらしくて、それ以来そういったものを見たという人が続出したとか・・・」
「じゃあ、私が見たのは・・・」
ありがちな話しだが実際に体験したことだけに、背中に薄ら寒いものが走る。
「なんとも言えませんね。ただ、お祓いをしてからはそういった話がぱたりと止んだとも聞いております。」
確かに今日に至るまでそんな話は聞いたことがない。
ふと私は考えた。この部屋であったこと、お祓いをしたこと、今日私が見たもの。これを統合するとその管理人はずっとこの部屋に閉じ込められていたことになるのでは?
「そういえば、あなたは管理会社の方ですよね?」
そして、もう一つ気になることが頭に浮かび男性に聞いた。
「はい、そうです。」
「そこのガラス戸のスライドロックって外しました?」
「いいえ。」
男性はそう言って首を横に振る。
「鍵は持ってますが、そこは開けてませんよ?」
「じゃあそこの鍵、誰が開けたんですか?」
「・・・。」
私の質問に男性がフリーズし、沈黙が流れる。
「・・・何か物凄く嫌な予感がします。どうにかお祓いをできないか会社に掛け合ってみます。」
そう言って男性はそそくさとマンションを出ていった。
後日、マンションの掲示板に管理会社からお祓いの日程が貼り出され、人の少ない平日昼間に祭事が行われた。
それからは特に変わったことはない。ただ、管理人室の彼が成仏していることを願うばかりだ。