遥か昔の記憶 1
その少女、ーーサーラは夢の中で、昔の出来事に思いを馳せていた。
まだ自分が今の名前や、可愛い見た目の年端もいかない容姿ではない。
全くの別人かつ高齢の男性の姿だった時の事である。
※※※
世界で最も広い大陸がある。
その南に位置するのは、王国【ランドロス】。
そこの最南端、山を越えた先の海岸沿いに位置するのは、辺境の港街【マルフィア】。
隣国の侵略の噂によって、物々しい雰囲気が漂う王国の首都と比べ、穏やかな時間が流れる田舎である。
山海の幸が豊富に揃う小規模ながらも平和な街だ。
街の片隅には、立派な屋敷がある。
沢山の使用人も働いている。
屋敷の主人は名前をラーサと言う。白髭を蓄えた老人で、背が高く、がっしりした体格をしていた。貫禄のある雰囲気を醸し出しながらも、陽気で優し性格だった。だが貴族なのに、手料理が趣味な変わり者として有名な人である。
それが少女の前世の姿だった。
ーーある日の麗らかな昼頃。
屋敷の一番奥にあるキッチンでは、若い男女の使用人達が齷齪と作業をしていた。
その中にラーサも入り交じり、主だって沢山の料理を作っており、
「よし、焼けたわい。」
と熱々のオーブンを開けて、狐色のアップルパイを取り出し、部屋の中央にあるテーブルの中心に置いている。
さらに周りにも、他の料理があった。
肉汁滴る分厚いステーキ。
丸々一匹揚げた魚のフリッター。
彩り豊かな野菜のサラダ。
様々なフルーツのゼリー寄せ。
全て他の使用人達によって、天板に隙間なく並んでいく。
「…ふう、終わった。」
そうして準備を終え、ラーサは一息つくと、すぐさまキッチンの扉を開け放ったのだ。